
母子ケア
かぞくが一緒にいられる新しいNICU ~ファミリーセンタードケア(FCC)という選択~
いま日本では、生まれてくる新生児の10人に1人が低体重や先天性の病気です。そういった新生児の多くが新生児集中治療室(NICU)で治療を受けています。NICUでは、24時間体制で高度な医療を提供する為、赤ちゃんとかぞくは長い時間を離れて過ごすことが一般的です。
しかし近年、「NICUに入院していてもかぞくといっしょに過ごしたい」というかぞくの希望を変える新しい新生児医療のかたちを実現する試みがあります。
「ファミリーセンタードケア」。
それは「かぞく(ファミリー)が」+「中心となって(センタード)」+「医療を受ける(ケア)」、まさに医療の中心にかぞくの存在が感じられる新生児医療の試みです。
ファミリーセンタードケアはもともと海外で始まった新生児医療のケアプログラムです。ファミリーセンタードケアを導入しているNICUでは、赤ちゃんのかぞくが治療やケア方針の意思決定に積極的に参加し、さらに赤ちゃんへの付き添いや日常的な世話にも関わることができます。
近年、日本のNICUでもこのファミリーセンタードケアを基軸にした新生児治療に注目が集まっています。
日本のNICUにファミリーセンタードケアを実践するには、乗り越えなければならないたくさんの課題や制限があります。しかしファミリーセンタードケアの導入によって医療者とかぞくとの信頼・協力関係を築けたり、赤ちゃんとかぞくの愛情形成がスムーズになるなどの多くの利点が期待できます。
従来型のNICUとファミリーセンタードケア対応型のNICUの違い
従来のNICUでは、医療者が主導となって、入院中の赤ちゃんの治療方針の決定を行います。集中治療を安全かつスムーズに行うことが最優先されるため、NICU入院中は母子分離が基本で、親子は離ればなれに。かぞくは「面会」として限られた時間の中でわが子に会いに来ます。さらに抱っこや授乳、オムツ替えなどの触れ合いも、かぞくがこれらの行為を自分のタイミングで行ってよいのかわからない場合があります。医療者に確認してから行わなければならないケースもあります。
一方、ファミリーセンタードケア対応のNICUでは、赤ちゃんのケアに関わるチームのメンバーとしてかぞくを捉え、皆で一緒に治療方針を決定することを重要視します。子どもと一緒にいたいというかぞくの希望があれば、赤ちゃんの身の回りの世話やあやしも、かぞくが担当します。
ファミリーセンタードケアでは、従来の「面会」という形ではなく、かぞくが望めば24時間いつでも赤ちゃんとかぞくが一緒に過ごすことができ、NICUに入院していても、親子の早期のふれあいができます。このことによって親子の絆が形成しやすいという大きなメリットがあるのです。
NICUでの新しい新生児医療のかたち~海外のモデル~
ファミリーセンタードケアを取り入れているNICUでは、赤ちゃんの集中治療と並行して、早期の親子間のふれあいやかぞく関係の構築に力を注ぎます。生れてすぐに治療を必要とする新生児では、NICUを退院した後もかぞくによるサポートが必要なケースが多いため、かぞくと子どもが早期にふれあい、親子の絆を形成しておくことが大切だと考えているからです。そのため、かぞくが希望すれば、NICUの中でいつでもかぞくが一緒に過ごすことができます。
先進的なNICUでは、兄弟面会が可能なってきています。赤ちゃんの兄弟にとっても、弟や妹の世話をとおして、お互いの発達に良い影響があると考えているからです。
入院中であっても赤ちゃんの養育者はあくまでも「かぞく」であり、医療者はかぞくを信頼し、そのサポート役として集中治療を提供します。
また、重要な医療的判断を下す時も、「かぞくがどうしたいと思っているのか」、「子どもをどのようにケアしてきたいのか」というかぞくの意見を聞きながら、医療者とかぞくが共に話し合う機会が設けられます。
ファミリーセンタードケアのメリット
ファミリーセンタードケアを取り入れると、次のようなメリットがあります。
- かぞくが一緒に過ごせる時間が増える
- 医療者とかぞくの一体感が生まれる
- かぞくが子どもの健康状態、発達、治療の進歩を詳細に把握できる
- 子どもと離れて辛いかぞくの気持ちがやわらぐ
NICUでは、時として高度な集中治療や手術等の処置を行いますが、そのような時でも一緒に付き添い、乗り越える体験を通してかぞくのストレスや負担も軽減できます。
NICUでのファミリーセンタードケアでかぞくが果たす役割
ファミリーセンタードケアによって、赤ちゃん自身にもメリットがあります。
- 治療を受ける子どもの不安や寂しさの軽減
- 早期のスキンシップによっての発達に良い影響を与える
- カンガルーケアなどふれあいによって、愛着形成がスムーズに
さらに、医療者にとってもメリットが生まれます。
- かぞくとの信頼関係の上で医療を提供できるので、相互理解しやすい。
- かぞくが子どものそばでオムツ替えやあやしなど日常的な世話をしてくれるので、医療行為に集中できる
- 子どもの状態に変化があれば、かぞくが気づいて教えてくれる
など、医療者にとってもメリットがあります。
ファミリーセンタードケアを導入に必要なこと
ファミリーセンタードケアにメリットがあっても、NICUに導入するのは必ずしも簡単なことではありません。NICUでの集中治療とファミリーセンタードケアの両立のために、医療者がしておくべき準備とはどのようなものでしょうか。
医療者がまず懸念するのが、NICUの感染管理の問題です。NICUには抵抗力の低い新生児が多く入院しています。ファミリーセンタードケアでは、NICU内にかぞくの出入りが増えるため、感染管理上の工夫が必要です。感染防止のため、手洗いうがいの徹底や体調がすぐれないときは入室を控えてもらうなど、かぞくの理解と協力が必須です。かぞくとのコミュニケーションと信頼関係を築いた上で、かぞくに対して衛生管理教育を行うのが最善の方法です。
また、ファミリーセンタードケアに対応できる医療者の教育も必要になります。医療施設全体でかぞくを歓迎する雰囲気や、声掛けができるような環境づくりを目指します。かぞくが希望する場合には、子どものオムツ替えや着替え、沐浴などもかぞくにしてもうようにすると、NICU退院後の自宅での生活へスムーズに移行できるようになります。
スペースの問題もあります。
日本のNICUは海外のように広いスペースがなく、赤ちゃんのベッドの横に簡易な椅子を置いているのが主流です。しかし椅子では産後の母親には負担が大きく、長時間付き添うことができません。かぞくがいつでも子どもとの添い寝ができるように、各ブースごとに成人用のベッドを設置できるのが理想的ですが、それが難しい場合でも、簡易ベッドを置ける様にしたり、NICUの中にかぞくが一緒に過ごせる仮設ブースを設けたりするなどの工夫ができます。
かぞくがなるべく一緒に過ごせるNICUの普及に向けて
高度な治療を受ける必要があるNICUの新生児は、日々様々な不安やストレスを感じながら懸命に生きています。NICUに入院していても、いつもかぞくがそばにいて見守っていてくれる安心感やかぞくとしての絆は、子どもの発達や治療に良い影響をもたらします。
海外の病院のように、日本のNICUに広いスペースが無くても、簡易ベッドやかぞくで過ごせるブースを仮設するなどの工夫によって、ファミリーセンタードケアに対応することもできます。これからは日本でも、ファミリーセンタードケアが浸透していき、赤ちゃん、かぞく、医療者等、全ての人が幸せに過ごせるようなNICUへとシフトしていくのではないでしょうか
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