
母子ケア
「患者本位」の産婦人科診療を目指して ~内診台から見直した、すべての人が来院しやすい環境作りとは~
大阪府堺市で2020年4月に開院した「はしもとクリニック」は、一般の産婦人科診療だけではなく専門外来として障がいを持つ方のための産婦人科診療を行っている、全国的にも貴重なクリニックの一つ。患者本位の診療を実現するため、ハード面とソフト面で様々な取り組みをしています。すべての人たちが受診しやすい産婦人科診療の意義について、院長の橋本洋之先生にお話を伺いました。
橋本洋之
はしもとクリニック院長/産婦人科専門医/母体保護法指定医師
大阪大学医学部、米国ハーバード公衆衛生大学院を卒業。大阪母子医療センター産科、市立貝塚病院産婦人科を経て、障害者医療に興味を持ち、社会福祉法人大阪府障害者福祉事業団「すくよか」で障害者(児)婦人科外来を、堺市立重症心身障害者(児)支援センター「ベルデさかい」で診療部長として障害者(児)内科・婦人科を担当。2020年4月、クリニック開業。
■すべての人たちが受診しやすいクリニックを開院したい!そのきっかけとは??
---2020年4月にオープンした貴院は、一般産婦人科に加えて、障がい者診療(産婦人科、内科、訪問診療)にも力を入れていることが大きな特徴ですね。こうしたクリニックを開設したことには、橋本先生が医師として培ってきたキャリアが関わっているのですか?
橋本先生: そうですね。私は大阪大学医学部を卒業してから約16年間、大阪の地で産婦人科医として働きました。その後に勤務先として選んだのは重症障がい者(児)施設でした。そこでの経験から気付いたのは、施設の入所者には手厚い医療サービスを提供できる一方、地域で暮らす障がい者へは十分な医療を提供する機会がないということ。そうした方々が在宅で生活を続けるためには、障がいがある無しに関わらず訪れることのできる医療機関が必要です。そこで、私の専門である産婦人科診療と障がい者へのかかりつけ医としての役割を果たすクリニックを開設し、地域に貢献したいと考えるようになりました。
こうした思いが生まれた背景には、米国ハーバード公衆衛生大学院への留学経験も影響しているかもしれません。障がい者医療・福祉の分野において、日本では「弱者をサポートする」という考え方が根強く、世の中のために特別なことをしているといったイメージを抱かれがちです。しかし、ハーバード大学では「ヒューマンライツ」(human rights)という概念が重要視され、「すべての人が当然に一般的なサービスを受ける権利がある」という前提であらゆる議論が成り立っていました。性別、人種、障がいの有無に関係なく、どのような状況にあっても適正な医療サービスを受けられるような環境を整えることが大切ではないか――。そうしたことを考えるきっかけになった留学経験でした。
---なるほど、アメリカでのご経験が、はしもとクリニックを立ち上げるきっかけの一つになっているのですね。それでは、現在の日本において、産婦人科受診にはどのような課題があるのでしょうか?
橋本先生: そもそも日本では、産婦人科不足が大きな社会問題になっていますね。実際、「狭い待合室で何時間も待たされて疲れ切ってしまった」という経験がある患者さんも多いはずです。こうした待ち時間は誰にとっても大変なものですが、特に身体的・知的障がいがある方はそうした環境で長時間過ごすことが非常に困難で、受診の妨げになりがちです。また、一般的な内診台に上がることが、心身の状態から難しいことも少なくありません。障がいのない方でも婦人科受診に抵抗がある方がいるのですから、障がいのある方には一層配慮が必要です。
---障がいをお持ちの方は、どのような経緯で受診されるケースが多いのでしょうか?
橋本先生: 生理や月経前症候群など婦人科特有の悩みで受診されますが、障がいの有無に関わらず、女性であれば当然のことかと思います。また、障がいに関連して服用している薬剤の影響で、生理周期が乱れることもあります。さらには、子宮頸がん検診も重要です。子宮頸がんは性交によるウイルス感染が主な原因であることから、障がい者は検診する必要がないと思われがちですが、障がいを抱えながらもパートナーと幸せな性生活を実現している方は少なくありません。また、性的虐待の被害を受けながら、本人が言い出せないというケースも考えられます。女性または障がい者の権利の観点からも、誰もが受診しやすい産婦人科の存在意義は非常に大きいのです。
■患者さんにとっても医療従事者にとっても、より快適な環境のために
---すべての人に寄り添う「患者本位」の産婦人科診療を実現したい、という先生の思いを形にするためにどのような取り組みをしたのでしょうか?
橋本先生: クリニック開設にあたっては様々な側面で心を配りました。その一つが、より良い内診台(婦人科用診療・処置台)の導入です。
現在、国内で流通している製品の多くは、座面が自動で回転・上昇し、機械の力で患者さんの脚を開くタイプです。一方、はしもとクリニックの基本方針は、「本人の意思決定を尊重する」です。私の掲げる理念に賛同して集まってくれたスタッフたちと協議を重ね、SCHMITZ社製の「メディ マティック」を選択したのも、その思いからでした。この製品は患者さんの足底を支えるフットサポートが付いた形状となっており、自らの意志で脚を開いたり閉じたりすることができます。
産婦人科の内診は、多くの女性が強い緊張感を覚える、とてもデリケートな医療行為です。医療従事者のタイミングで他動的に脚を「開かされる」のと、自らの意志で脚を「開く」のとでは、気持ちに雲泥の差があるでしょう。実際、自由に脚を開閉できるという安心感が大きいため、「メディ マティック」は患者さんの満足度がとても高いです。内診台に上がってすぐは脚を閉じている方がほとんどですが、説明すれば各自のタイミングで開いてくれるため、診察の妨げになることは今のところありません。自由度の高さから緊張が緩和され、下肢に余計な力が入りづらいというメリットもあります。
---先生のクリニックには身体的な障がいが重い方も来院されますよね。
橋本先生: はい。その場合は、「メディ マティック」をフルフラットポジションで利用しています。完全にフラットな状態にすることができ、座面の横幅も広いので、ベッドのような安定感があります。寝たきりに近い状態の患者さんでも問題なく使用可能で、車椅子から「メディ マティック」にそのまま移乗して、スムーズに診察へ入ることができます。
---この製品を実際にクリニックで使用するにあたって、気になった点はありますか?
橋本先生: はい、実をいうと最初はやはり若干の不安がありました(笑) 例えば「メディ マティック」の導入は、当院が日本初ということです。でも後に、SCHMITZ社の欧州における歴史と実績を確認し、十分に信頼できると判断しました。また、パラマウントベッド社の担当者と頻繁にやり取りしながら、無理なく現場に定着させることができたと思います。
設置の際は位置を少しずつ調整し、使いやすい状態を見極めることができました。また、フットスイッチや手元スイッチの位置は柔軟に調整可能で、患者さんにとっても医療従事者にとっても、より快適な環境を実現できています。
■患者さんがリラックスできる環境作り
カラーバリエーションも幅広い「メディ マティック」ですが、どのような視点で選択しましたか?
橋本先生: 他の製品に比べ、「メディ マティック」は高いデザイン性を備えていることも魅力で、これが導入を後押しするポイントにもなりました。本体塗装22色とシート色18色のトータル396通りから選択できるという、かなりの自由度に驚きました。
当院の場合は、不安や緊張感を覚えがちな場面であるからこそ、できるだけリラックスできる雰囲気を演出したいと思い、カタログで一目ぼれしたグリーン系に統一。このカラーに合わせて、パラマウントベッド社のインテリアコーディネーターと相談を重ね、壁紙や床の色なども選択していきました。プロ目線でクリニックをトータルコーディネートしてもらったことで、患者さんにリラックスして過ごしてもらえる環境作りができたと思います。
---橋本先生のこれからの展望をお聞かせください。
橋本先生: 地域で暮らす障がいをお持ちの方を含めて、誰もが気軽に訪れることができるクリニックをめざしています。それを体現するため、「メディ マティック」の導入をはじめとするハード面の整備に加えて、ソフト面でも意識していることがたくさんあります。例えば、知的障がいや発達障がいがある方は、「初めての場所が苦手」「新たな物事を受け入れるのに時間がかかる」といった傾向があります。そこで、病院の外観や内診台の写真をメールで送っておき、あらかじめ心の準備をしてから来院してもらうようにしています。また、言葉で説明されるよりビジュアルのほうが頭に入りやすい方もいるので、診察の手順などをイラストで示したカードを用意しています。
当院のスタッフは、診察中の患者さんに必ず手を添えて、不安や緊張感をいち早く感じ取ってくれます。相手の心に寄り添った医療を実現するため、細やかな配慮をしてくれることに、いつも感謝しています。また、当院に限らず、障がいの有無にかかわらずすべての人に安心して通える産婦人科が日本中に増えてくれたら……と願っています。