看護視点と患者視点から考えるICUの環境・建築とは

日本政府は2025年に向けて医療提供体制の見直しに着手し、「地域医療構想」が作成されました。これは医療計画の一部として作成されたもので、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の病床機能について、現状と2025年の必要病床数を検討して、地域の実情に応じた医療提供体制を構築することを目的としています。

そうしたなか、政府は在院数の削減へと方向性を打ち出し、早期離床、リハビリテーション加算などを変更しました。

そうした政府の動きは、ICUでの治療期間が長いほど、合併症リスクや生存率の低下、患者QOLの低下を示すなどの背景が重なり、医療提供側のICUの環境を問い直す動きへとつながっています。

では医療者側にとって適切に迅速に、医療を提供できるICUの環境とはどういったものなのでしょうか。また患者にとって早期回復を目指せるICUの環境とはどういったものなのでしょうか。

求められるのは、医療を提供するものにとって医療行為やケアが十分に行え、ストレスのない環境と、患者にとって安心・安全に治療が受けられ、早期回復に向けた体力回復・維持が行える環境が同時に実現することです。

ここでは、ICUの環境・建築を看護視点と患者視点から考えてみます。

ICUに求められる設備環境:患者視点

治療に専念し、早期回復を目指す環境を患者視点で考えた場合、何が求められるのでしょうか。治療のための環境と回復・安眠のための環境のバランスを考慮する必要があります。例えば、患者のプライベートは保たれているのか、安眠はできるのか、光の強さや量は適切であるのか、静かであるのか、空調はどうか、など、快適さや回復をめざした生活、安眠を左右するさまざまな要素の確認が必要になります。そうした患者が快適で回復や安眠が得られると感じる環境要素として以下の視点で考えてみることが重要です。

壁・天井

壁・天井はICUで治療を受けている患者にとって、1日のなかで最も長く目に映っている部分だと考えられます。壁や天井は無機質で白を基調としたものが日本では一般的ですが、それが最適かどうかの見直しは必要でしょう。

例えば、公共施設にアートを取り入れることを推進しているスウェーデンのストックホルムの病院やアメリカの病院では、救急病棟にホスピタルアートを取り入れ、壁や天井にアート作品を描くなどの工夫をし、患者の心にいやしをもたらす効果をねらった取り組みがされています。

一例を挙げると、アメリカには天井アートを取り入れている病院があります。その病院の天井に大きな円形窓(天窓)が設けられています。その天窓からは青く晴れた空に、白い雲が流れ、緑の木々が枝を覗かせています。これらは実際の天窓ではなく、絵画なのです。

こうした視点での患者の居心地の良さを確保することが必要です。

睡眠とせん妄

せん妄というのは、軽度から中程度までの意識低下が起こった状態のことで、時間や場所の認知ができなくなる、睡眠リズムが崩れる、言動が乱れ、独り言が多くなる、注意力や思考力が低下するといったさまざまな症状が現れます。ICUに入室している患者にとって、せん妄の発症は入院期間の長期化、死亡率の上昇、認知機能障がいなど予後の悪化を招く要因でもあります。ICUに入室している患者のせん妄の発症と睡眠には関係があるとされ、ICUでの睡眠構造に問題があると考えられています。つまり、睡眠が分断されたり、深い眠りが妨げられたりすることが継続的に起こることで、せん妄発症の危険性が高まると考えられているのです。言い換えれば、ICUに入室している患者にとって睡眠はとても重要です。

そして安眠できる環境を左右する光や音は、患者の回復を促す大きな要因になるとも言えるのです。

医療現場において基本的には人間に備わっている治癒力をサポートする環境作りが求められます。その視点で照明(光)を設計することが重要です。

人間には「睡眠、覚せい、ホルモン分泌、体温変化」といった体内時計(生体リズム)があります。その生活リズムを健全に維持することが治癒力の維持にとって欠かせません。しかし、体内時計はさまざまな刺激によって変化します。とくに物理的な刺激である光の影響は大きいとされています。

病室で過ごす患者が照明(光)によって生体リズムを整え、治癒力を維持できることが重要です。例えば、昼夜の変化を体感できること、1日の照度や色温度の変化など、生体リズムを整えるための照明(光)は詳細にスケジュールされる必要があります。

特にICUにおいては、看護環境の視点からも照明(光)はデザインされるものですが、個別の病室のように安静に過ごせる場所を提供する意味では、光源と周辺との明るさのバランスを考え、グレア(まぶしさ)を抑える工夫をするなど患者の居住性に配慮しなければなりません。

こうした光への配慮は新生児を専門的に診ている環境においても、とくに重要です。NICU(新生児集中治療室)は未熟児や低出生体重児のための治療室であり、本来ならまだ胎内にいる赤ちゃんがストレスを受けにくい環境を作り出す必要があります。さらに医療・看護にあたるスタッフにとっても治療が行いやすく、ストレスの少ない環境を両立させなくてはなりません。

名古屋第二赤十字病院の新生児科のNICUの事例を参考に考えて見ましょう。

そこでは、赤ちゃんと医療スタッフ双方の視点から、光について以下の項目が分析され、照明デザインが考案されました。

  • 赤ちゃんにとって快適とされる、低照度環境であること
  • 医療スタッフや面会の両親にとって、明るく柔らかな印象を与える照明環境であること
  • 昼夜の違いが体感できる照明環境であること

そして、これらの分析結果から「低照度・明印象環境」と名付けられた光環境が実現されました。

このように、光は居心地の良さ、体内リズムの正常化といった作用に大きく影響を与えます。そのことを強く意識した照明(光)の設計が重要です。

ICUには、さまざまな音が存在します。アラームの音や呼吸器などの定期的な機械音、ナースコール、看護師の声かけ、会話、機械を運ぶ音など、音の種類は多岐にわたります。これらの音は、医療を提供する側にとっては、必要な音であることも多いでしょう。例えばアラーム音は医療行為を促すためになくてはなりませんし、看護師の声かけも必要な行為です。しかし、患者の視点に立つと、さまざまな音が鳴り止まない環境は快適だと言えるのかは疑問です。

眠りに落ちかけたときのアラーム音や、大きな声かけなど、邪魔になるかもしれません。具体的に音と人の快適さの関係、治療効果と音の関係などの研究はないので、どの音が快適さを妨げているとは言えません。しかし、壁や床などに吸音素材を使用するなどの配慮が必要かもしれません。

家族にとっての音環境

患者にとって家族の存在は治療に立ち向かうための大きな力になります。病気に立ち向かうためのパートナーなのです。お見舞いに来た家族とふれあう時間は、患者の気持ちを勇気づけるものです。そのため、ICUの環境が患者を見舞う家族にとっても心安まるものである必要があります。鳴り響くアラームやナースコールや医療スタッフの移動音、定期的な機器の音、機械を運ぶ音に取り囲まれていると、緊張し、ゆっくりと患者である家族とそこで過ごすことが許されないような気持ちになるかもしれません。そのため、家族の滞在時間が短くなり、患者にとってはさみしい思いをする結果になる可能性があります。

患者にとってEmpowermentとなる家族が訪問・滞在しやすい環境を作り観点からも、音環境の設計を見直す必要があるでしょう。

ICUに求められる設備環境:看護視点

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医療提供者側の視点から求められるICUの環境として必要とされる項目は多数におよびますが、その一部を挙げると、清浄度や空調、電源の確保、病室、隔離のための個室機能、スタッフの動線などです。いくつかを詳しく確認しておきましょう。

厚生労働省の基準を満たしていること

厚生労働省から発表される診療報酬の特定入院料・加算に関して、ICUの種類や対象患者・施設基準などが改定されるため、それに合わせた基準を満たした設計が必要となります。

清浄度・空調

ICUの設備については、清浄度の高い空気環境が要求されるとされ、日本医療福祉設備協会規定ではICUは準清潔区域クラスⅢに該当、また、ISO規格ではクラス7、NASA規格ではクラス10000〜100000の清浄度が求められています。

そして、最小換気回数は全風量で1時間に6回、外気量で1時間に2回、室内圧は陽圧、吸気最終フィルタの効率は80%以上である必要があると示されています。

動線

患者視点でICUフロアの設計を考えると、プライバシーが確保されて、感染管理上も動線区分されていることが有用で、安心して治療を受けることができることと個室や一般病棟のようなアメニティの確保が両立していること、となります。一方で、プライバシーを確保するために壁やドアで隔離する必要のない患者の居場所でさえも仕切ると、看護する側にとっては確認作業にも、移動にも時間がかかることになります。患者の様子を常に確認できる状態にしておくためにも、作業のし易さからも、ある程度の広さを確保したうえで、固定的な仕切りを設けず、動線にストレスのないレイアウトが求められます。

こうした双方の視点から考えると、個室環境を重視しながらも、必要な医療行為が確実に提供される空間が必要とされます。

病室

厚生労働省の集中治療室における安全管理についての報告書によれば、ICUにおけるせん妄対策がICUでの治療過程においても、ICU退室後においても非常に重要となります。そのため病室の配色、音声環境、照明、採光などにも配慮して環境を整えることと同時に、医療従事者の動線を妨げないことが示されています。

※せん妄については別記事で詳しく解説しています。

安全、安心、機能的なデザインが必要

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ICUといえば、生命の危機を脱するために設けられた施設であり、そこには医療提供側の視点を優先したデザインが採用されるのが一般的でした。しかしこれからのICUにおいては、厚生労働省が示す基準を完全に満たすことは必須の条件ですが、患者の安眠や家族参加と医師・看護師を中心にした医療者視点の両立が求められています。

ICUに入室している患者が治療を受ける力、あるいは病気に打ち勝つ力を回復し、維持するための環境。一方で、常に最適で、最先端の医療を提供するため、そして感染予防に備えた環境であること。この患者視点と看護視点は相容れない部分もでてくる可能性もあります。

音環境ひとつを取り上げても、医療提供側にとっては必要で、日常的に聞き慣れるため騒音に聞こえない多様な音が、ひとりの患者にとっては安眠、安静を妨げる騒音であり、治療に専念する力を削いでいるかもしれません。しかし、最大限、効率性を追求したICUの設計に、患者の視点を盛り込むことは、ICUの新設あるいは改修設計の時でしか実現できないことなのです。そのために、そういうタイミングで、現場の詳細な分析と、課題の洗い出し、そしてそこから導き出される綿密な設計、さらに豊かな創造性を発揮することが必要です。

患者が安心・安全に治療を受けることができ、病気に打ち勝つ力を回復するためのICUであることを意識しておくことが大切です。

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