2021.02.15
- 介護のデジタル化
要介護(要支援)の認定者は、2020年6月時点で全国約670万人。団塊の世代が後期高齢者となる「2025年問題」を間近に控える一方で、介護現場では人材不足が続いています。そうしたなか、厚生労働省が推進しているのが「科学的介護」の実践です。介護現場の新たな可能性として注目される科学的介護と、IoT導入のメリットについて解説します。
科学的介護とは
科学的介護とは、介護サービスの質の向上をめざすための手段のひとつです。介護サービスの質の効果を測定するためのデータを現場から収集し、分析して「科学的に裏付けのある介護」の実践をめざします。厚生労働省が2017年に発足した「科学的裏付けに基づく介護に係る検討会」では、現在も議論を行いながら、データ収集に向けてさまざまなとりくみを検討しています。
科学的介護推進の目的
科学的介護が推進される大きな目的は、利用者の状態や個々のニーズに合わせて最適な介護サービスを提供することにあります。自立支援や重症化予防だけでなく、利用者個々の幸福感や満足感につながるケアを提供するために、まずはデータを収集し、今後に生かす指標をつくるための施策といえるでしょう。
これまで介護分野では、要介護者に向けたサービスの提供を行ううえで、指標となる明確なエビデンスがありませんでした。そのため、施設や事業所ごとに、独自の視点や経験則で利用者に最適と思われるサービスを選択している状況です。科学的介護の視点で多くのデータを収集し、科学的に裏付けのある指標ができれば、各事業所の判断や経験だけに頼ることなく、安定して質の高いサービスを選択・提供できるようになるでしょう。しかし科学的介護を実現するには、まずデータを集め、分析結果による裏付けを構築する必要があります。このようなデータベースは世界的に例がなく、ゼロからのデータベース構築に関心が寄せられています。
データベースの基盤となる「CHASE」
科学的介護の実践に向けて、厚生労働省は、新しいデータベース「CHASE(Care, Health Status &Events)」の構築を予定しています(2020年10月時点)。項目は多岐にわたり、目的に応じて、食事や排泄、入浴といった個別機能訓練に関するものや、利用者の趣味・関心などの設問が含まれる予定です。基本的には、アセスメントシートに記載される項目を主体に、利用者の保険者番号や事業所番号、性別、生年月日や既往歴といった情報に加え、認知症のレベルや食事の形態、栄養状態、家族との関係性などの項目が含まれます。
収集されるデータは、利用者だけでなく介護者の現場目線で必要とされる項目がまとめられています。これまでに多くの介護サービス事業所が記録してきた内容や、介護報酬の評価要件になっている項目が優先されるようです。しかし、介護サービスの質をはかる指標が過去に存在していなかったように、アセスメントシートや事業所内で記録する情報についても、これまでフォーマットが統一されていませんでした。データ収集を行う前に、まずはフォーマットの統一、記録する情報内容や採用する入力形式などを決める必要があり、課題は残ります。
科学的介護の実践における事業所側のメリット
科学的介護を実践することで、どのようなメリットがあるのでしょうか。
利用者側にとっては、今後、個々に合わせた質の高い介護サービスを受けられる可能性が広がることが、大きなメリットといえます。一方で、事業所側にとっては、データ収集のために記録項目が増え、書類業務が複雑になる可能性があり、デメリットに感じるかもしれません。しかし、記録したデータによって、将来的な介護のあり方が大きく変わる可能性があるのです。事業所側は利用者にとって最適な介護を提供でき、パフォーマンスの高い介護をめざせるようになるでしょう。
利用者に喜ばれるサービスを提供できれば、提供する側にとってもやりがいとなり、データにもとづいて、より効率的な選択が可能になるはずです。また、アセスメントにおいても具体的な指標で評価できるようになるため、利用者が納得できるようなプランを提示しやすくなるでしょう。結果として、科学的介護の実践は、将来的な介護現場の変革につながり、事業所にとっても大きなメリットを生み出すのではないでしょうか。
科学的介護推進において、介護現場を支えるIoT活用
利用者側、事業所側双方にメリットがある科学的介護の推進ですが、前述したとおり、データ収集の段階では課題も多く残ります。アセスメントシートの様式や記録内容の統一化をはじめ、データの収集作業にかかる現場の負担解消に向けたとりくみが必要でしょう。実際に、複数のフォーマットに入力する手間や、業務負担の大きさに不満の声も上がっています。
そうした状況下で、近年注目されているのが、介護現場でのIoT活用です。IoTとは「Internet of Things」の略で、「モノのインターネット化」とも称されるオンライン活用のひとつです。介護備品をインターネットに接続し、オンラインでデータの記録、収集、分析の自動化が可能になるしくみです。
労働力としてのIoT
冒頭で述べたとおり、介護業界は、通年にわたって人材不足の状況です。人材の確保が難しいだけでなく、ほかの産業と比べて離職率が高いことも課題のひとつといえるでしょう。厚生労働省の資料「介護分野の現状等について(平成31年3月18日付)」によると、介護福祉士が過去に働いていた職場を辞めた理由の第1位が「業務に関連する心身の不調(腰痛を含む)」でした。肉体的な負担もさながら、心理的な不調を招く要因には、人材不足による影響が大きいでしょう。限られた人員で通常の介護業務を行うだけでなく、記録やアセスメントなどを手書きで行っている事業所も少なくありません。事業所内の規定書類に加えて、行政に提出する書類もあり、それぞれを手書きで作成するだけでも、大きな負担です。また、手書きの資料は、情報の共有がしづらく、別の職員が追記するたびに書類の枚数が増えていくため、保管スペースも圧迫してしまいます。
こうした課題を解消するために進めたいのが、ペーパーレス化でしょう。書類業務の負担が軽減されるだけでなく、情報の一元化も容易になります。事業所内の情報処理業務のデジタル化を進めることは、人手不足によるパフォーマンスの低下を避けるとともに、今後の科学的介護を推進するあと押しにもなるでしょう。介護事業所における生産性向上が求められるなか、データ収集の効率化とともに、IoTの導入で業務そのものの効率化や負担軽減も期待できます。IoTの導入は、事業所側にとって大きなメリットがあります。最先端の技術といえるIoTを導入すれば、ほかの介護施設との差別化ができ、求人活動でもアピールできるでしょう。
介護現場のIoT導入事例
実際に、介護現場にIoT導入を行った事例を見てみましょう。
介護支援ロボットによる労働支援
ロボット技術の発展により、さまざまなケースで介助動作のサポートが受けられるようになりました。ベッドから車いすへの移乗をアシストする装着型の機器や、ベッドからの抱え上げ動作や入浴をアシストする機器などがあり、介護者はもちろん、利用者にとっても利点が多いとして注目されています。
例えば、体格が大きい利用者に対して、ふたりがかりで行っていた移乗介助も、ロボットを導入すれば、ひとりでの対応が可能です。実際に導入した施設では、自分のタイミングで介助を進められるため、「介助を一緒に行う職員を探す手間がなくなった」、「スムーズに業務をこなすことができる」「移乗支援を分担してできるようになった」などの声が聞かれます。
また、介護者の手を借りることに精神的な負担を感じていた利用者は、遠慮もなくなり、安心して介助を受けられるようになっているようです。利用者を待たせることが少なくなり、「ケガのリスクがなく安全な移乗ができるようになった」という声も聞かれます。日常生活動作能力(ADL)が低下している利用者のなかには、移乗介助そのものに痛みやおそれをともなう人がいますが、ロボットによる快適な介助は、そうした不安を軽減するのにも役立ちます。
スキャンシステムによる見守り支援
具体的な介助の支援だけでなく、見守り支援となるIoTの導入で、業務効率化を進めている施設もあります。センサーや外部通信機器を備えた機器を使用することで、起床や離床のタイミングを検知したり、排泄パターンを自動で記録したりできます。利用者の睡眠や排泄の状況を把握し、最適なタイミングで支援を行えるようになるのです。こうした機器を利用することで、効率よくデータが収集できるのもメリットでしょう。手書きで起こりやすい記録ミスや記載もれがなくなり、科学的介護に向けたデータ収集のしくみも整います。導入した施設では、特に夜間や早朝の見守りに関するメリットがあげられています。機器の使用によって、利用者の睡眠を妨げることなく、見守りができるからです。また、睡眠や排泄リズムを把握することで、利用者ごとの生活パターンを考慮したケアが行える点も、質の高いケアを行う結果につながっています。限られた人数で行ってきた夜間早朝の見守りを強化しながらも、介護者にとっては負担の軽減につながるIoTを活用した見守り支援。利用者にとっては、生活リズム改善にも役立つとして注目されています。
「科学的介護」で変わる介護業界の未来
超高齢化社会が拡大するなか、介護業界では働き方改革も進んでいます。賃金の引上げなども行われていますが、人材が十分に確保できるとは限りません。今後も限られた人数で労働生産性を高めるためには、業務の効率化をはかるしくみを整える必要があるでしょう。
科学的介護に向けたデータベースの構築にともない、介護業界にも、今後ますますIT化が進んでいくことが予想されます。IoT導入は、介護者の労働生産性を高めると同時に、利用者個々のニーズに対応し、尊厳を守る介護にもつながるもの。未来に向けて、新たな介護のかたちを検討してみてはいかがでしょうか。
参考:
- 介護保険事業状況報告(暫定)令和2年6月分|厚生労働省(第2-1表より)
- 介護分野の現状等について|平成31年3月18日|厚生労働省
- 令和元年度「介護労働実態調査」の結果|公益財団法人 介護労働安定センター
- 科学的裏付けに基づく介護に係る検討会 取りまとめ|令和元年7月 16 日|厚生労働省
- 介護分野のICT化、業務効率化の推進について(平成31年4月22日)|厚生労働省
- 介護現場におけるICTの利用促進|厚生労働省
- 介護ロボット導入活用事例集2019|厚生労働省
- 介護ロボットの導入・活用支援策のご紹介~介護関係者の皆様向けリーフレット~(令和2年7月30日更新)|厚生労働省
- 見守り支援システム「眠りSCAN(スキャン)」の導入|社会福祉法人芦田福祉サービス