超高齢化社会を迎えています。内閣府が発表した2018年版の高齢社会白書によると、2017年時点での高齢化率(65歳以上人口が総人口に占める割合)は27.7%。この割合は今後も上昇し続け、2065年には38.4%に達し、現役世代1.3人で高齢者1人を支えることになると予測されています。
こうした背景から、誰もが終生にわたって個人として尊重され、自分らしく生活していける社会を構築していくことが大きな課題となっています。
高齢者介護の現場でも、個人としての尊厳を支える支援が重視されつつあり、集団処遇から個別ケアへの移行が進んでいます。今回は、個別ケアの現状や具体的な手法、将来に向けての課題について探ってみます。
要介護者の尊厳を守る個別ケア
介護においては、要介護者一人ひとりと向き合い、個人に適したケアを行うことが重要です。
しかし、特別養護老人ホームを中心とした日本の介護施設では、長年の間、効率を優先した「集団処遇」が主流を占めてきました。これは、要介護者を大人数の集団で管理し、決まった時間に食事や日課、レクリエーションなどを一斉に実施するというスタイルのケアです。
2000年に、「その人々が有する能力に応じ、尊厳を保持したその人らしい自立した日常生活を営むことができること」を目的とする介護保険制度が制定されると、介護現場の状況は大きく変わり始めます。より要介護者の尊厳を大切にする介護のあり方が重視されるようになったのです。
そうした流れのなかで、近年、集団処遇に代わる新しい介護のスタイルとして注目されているのが「個別ケア」です。
個別ケアとは、食事から入浴、排泄に至るまで、利用者一人ひとりの個性やニーズに合わせたケアのこと。日本政府も、2002年から個別ケアの手法の一つである「ユニットケア」を実践する特別養護老人ホームへの補助金制度を開始するなどして、個別ケアを推進しています。
これまで集団処遇を行っていた介護施設が個別ケアに移行する場合、介護スタッフ一人ひとりのスキルを高めるとともに、設備環境、カリキュラム、スタッフの配置体制、組織全体の人権意識などの見直しが必要とされます。個別ケアの考え方は普及し始めた段階で、まだ介護業界全体に浸透しているとはいえませんが、特別養護老人ホームのほか、有料老人ホームなどでも、個別ケアに力を入れる施設は増えてきています。
個別ケアを実践するには、介護スタッフが利用者の体の状態や好みを細かく把握し、これまでの暮らし方を知ることが重要です。そのため、利用者の日課や暮らしぶりを記録した24時間シートを作成してスタッフ間で共有したり、利用者の生活史の聞き取りを行ったりと、各施設の理念に基づいたさまざまな取り組みが行われています。
個別ケアの手法「ユニットケア」と「グループケア」
現在、最も普及していて認知度の高い個別ケアの手法が、「ユニットケア」と「グループケア」です。具体的にはどんなものなのでしょうか。次に、それぞれの特徴を、「仕組み」「環境」「暮らし方」の3つの要素に分けて紹介します。
ユニットケアの特徴
仕組み
- 施設内で、10人以下の利用者を一つの生活単位(ユニット)として区分けし、専用の居住空間と固定スタッフを配置して、ユニット単位でケアしていきます。国によって運営基準が定められており、基準に見合う設備やスタッフの配置が必要です。
環境
- 利用者一人ひとりの個室のほか、ユニットごとにリビングルームなどの共用の空間が設けられます。望ましいのは、利用者が施設に入居する前に暮らしていたような住環境、つまり普通の家のような環境です。
暮らし方
- 起床や食事、入浴といった日課・活動は、利用者それぞれが別々の時間に行い、その人のペースに合わせてスタッフがサポートします。また、ユニットごとに、利用者が個人の能力の範囲で、食事の盛りつけや配膳などの役割も担います。プライベートな時間を確保したうえで、リビングルームなどの共有スペースでほかの利用者と交流したり、ときには外出やクラブ活動を楽しんだりと、利用者が望むごく普通の暮らしが営まれます。
グループケアの特徴
仕組み
- 利用者を複数の少人数制のグループに分け、グループ単位で生活を支援します。ユニットケアのように、グループの人数や設備・人員配置などの基準は定められていないため、建物の構造や設備の条件はありません。また、施設によって体制やグループの分け方も異なります。歩行が難しい人、食事を飲み込むのが難しい人など、利用者の体の状態に応じたグループ分けが一般的ですが、なかには共通の趣味を持つ人同士を同じグループにしているところもあるようです。
環境
- 4人部屋などの多人数居室を直線的に配置して、全員共有の食堂を備えた従来型の住環境が一般的で、通常はユニットケアのように個室は用意されていません。ただしその分、利用者の費用負担を抑えられるというメリットもあります。
暮らし方
- グループケアには、ユニットケアのような基準は定められていませんが、利用者の尊厳を大切にした個別ケアを行うという点では同じです。プライベート空間が確保されていないことを除けば、ユニットケア同様に、利用者のペースで生活することが可能です。少人数のグループ単位の生活なので、介護スタッフは利用者の個性や体調に柔軟に対応することができます。もちろん、利用者のニーズに応じて、外出やレクリエーションなどの支援も行われます。
誰もが個別ケアを受けられる社会に
日本では、人口が減少傾向にある一方、かつてないスピードで高齢化が進んでいます。身体機能の低下や認知症などによる要介護状態の高齢者が増え、介護期間も長期化するなかで、従来のような高齢者を家族だけで支えるスタイルには無理が生じています。高齢化は、高齢者とその家族だけの問題ではなく、社会全体で対策に取り組むべき問題といえます。
たとえ介護が必要になっても、住み慣れた環境で自分らしく生きたいという願いは、万人が抱くものです。誰もが個別ケアのような尊厳を守る支援を受けられ、支援体制が整っているのが当たり前の社会を構築していくことは、これからの国の大きな課題です。
特に、要介護の高齢者を直接支える介護現場は、高齢者の尊厳を守るケアを実現していくという大きな役割を担っています。
特別養護老人ホームでユニットケアを導入している施設は、全体の3割程度といわれています。この普及率からもわかるように、施設にとって、個別ケアの導入は簡単なことではありません。
例えば、従来型の集団処遇に対応した施設でユニットケアを導入しようとすると、設備を大幅に改修する必要があり、施設にとってはその費用がネックになります。一方で、ユニットケア型の設備を導入した施設の中には、現場で働くスタッフの理解不足、人材不足などの事情により、肝心の個別ケアができていないというケースも少なくないようです。
個別ケア導入後の介護現場の体制整備にも課題があります。ユニットケアのような少人数単位でケアするスタイルは、利用者一人ひとりのニーズに細やかに対応できるのがメリットですが、高いスキルが求められるうえ、スタッフが孤立しやすい側面もあります。そうならないよう、施設長やユニットリーダーがスタッフ間の密なコミュニケーションと連携を促し、研修などの意識やスキルを高める機会を十分に設ける必要があります。さらには、介護スタッフの労力やスキルに見合う賃金などの待遇改善も課題の一つです。
個別ケアが当たり前に受けられるケアとして普及するためには、国による支援強化が期待されるのはもちろんですが、各介護施設が個別ケアに対応する体制づくりを地道に進めていくほかありません。ユニットケアの設備などの導入が難しい場合でも、日常の業務のなかで見直せる点やできる工夫はたくさんあるはずです。
介護スタッフ一人ひとりにも、ときには自ら新しい個別ケアの取り組みを提案するなど、より主体的で自立した働き方が求められています。