2019.11.05
- 介護のデジタル化
2018年度の介護報酬改定で大きなテーマとなったのが「自立支援介護」です。改定内容には、高齢者の身体的自立を促す取り組みで成果を出した事業所に報酬を加算する項目が盛り込まれました。
このことからも政府が自立支援介護の推進に積極的に取り組もうとしているのは明らかですが、一方で、介護業界からは懸念の声も出ています。
それは、自立支援介護強化の動きが、望まない人にも自立を押しつけることにならないかというもの。自立支援介護に利用者本人の意思を尊重する視点が欠けていれば、「高齢者の尊厳の保持」という介護保険法の理念に反するケースが生じかねません。
今後も要介護者の数が増え、支える側の若い世代の人口が減少していくと予測されるなかで、自立支援介護はどうあるべきなのでしょうか。ここでは、自立支援介護を取り巻く状況と、目指すべき姿について探ってみます。
要介護の高齢者の増加
自立支援介護への理解を深める前に、まずは、自立支援介護が重視される理由・背景を知っておきましょう。
今の日本は、すでに国民の4人に1人が65歳以上という超高齢化社会ですが、高齢化率は今後もますます高まると予測されています。
戦後のベビーブーム時に生まれた団塊の世代が75歳を超える2025年になると、3人に1人が65歳以上という、「超超高齢化社会」ともいえる状況に。これまで税金を払って社会を支えてきた世代が一斉に給付を受ける側に回るため、医療・介護などの社会保障費が急増して財政を圧迫することになります。これがいわゆる「2025年問題」です。
2025年問題は、医療、社会保障など多方面に影響を及ぼします。要介護状態や認知症の高齢者が増える一方で、働き手の数はますます不足するため、介護業界では、介護難民の増加、人材不足、介護スタッフの負担増や職場環境の悪化など、さまざまな問題が深刻化することが予想されます。
こうした社会的背景のなかで、自立支援介護が広まれば、これらの介護業界が抱える諸問題の解決・改善につながると考えられているのです。
介護のあり方の変化:「お世話する」介護から「自立を促す」介護へ
では、自立支援介護とは、一体どのような介護なのでしょうか。
従来の介護は、身体機能の衰えや病気・ケガをきっかけに、ADL(食事・更衣・移動・排泄・整容・入浴などの基本的な日常動作)や、IADL(調理や洗濯、買い物、外出などの手段的日常動作)が思うようにできなくなった人に対して、できないことを補う、手伝うというスタイルでした。しかし、このような従来型の介護では、手助けしすぎることで、利用者がもともとは自分の力でできたことができなくなり、さらに介護に依存してしまうという悪循環が起こりがちです。
自立支援介護では、このような悪循環に陥らないよう、どうしても必要な部分だけを手助けし、利用者が自分でできることは極力自分でやってもらうようにして、残った能力を最大限に活用するのが基本です。同時に、利用者の健康状態や能力を十分に把握したうえで、身体機能回復のためのリハビリテーションを進め、ADLやIADLが向上する可能性のある利用者に対しては、改善に向けたアプローチを行います。
つまり、本人の能力を維持しながら、できない部分は手助けしつつ訓練するというスタイルの介護が、自立支援介護なのです。
なお、高齢者の自立支援介護では、特に、ADLの改善が重視されます。というのも、ADLを取り戻すことができれば、自ずとQOL(生活の質)が向上し、IADLの向上にもつながる可能性があるからです。
さらに、利用者の意欲を引き出す精神面のケアや、地域で生きがいを持って暮らせるように活動や交流の場を探して支援するのも、自立支援介護の役目です。
介護報酬改定からわかる国の姿勢
介護報酬改定の内容に注目すると、いかに政府が自立支援介護に力を入れていきたいかが見えてきます。
2014年には介護保険制度が改正され、要介護度が最も低い要支援1・2の人を対象としていたサービスの仕組みが大幅に変更されました。それまで介護保険による給付でカバーされていた介護予防通所介護(デイサービス)、介護予防訪問介護といった介護予防サービスが、介護保険の対象外になったのです。
2015年の介護報酬改定では、これらの介護予防サービスは、地方自治体が手がける「介護予防・日常生活支援総合事業(以下、総合事業)」に移行することに。
総合事業は、介護事業所によるサービスに加えて、地域住民や市民団体、民間企業が運営するコミュニティサロンや介護予防のための体操教室などを通して高齢者を支援していく仕組みです。この改定内容からは、要介護度が低い人はできる限り介護サービスを利用せず、自助努力で自立を目指してほしいというメッセージが読み取れます。
2018年の介護報酬改定は、全体的に自立支援介護に重点を置いた内容でしたが、特に目を引いたのが、「ADL維持等加算」と呼ばれる加算項目でした。
従来の介護保険制度では、介護者の努力によって利用者の身体機能や生活のレベルが保たれたり改善が見られたりすると、結果的に介護の手間が減り、受け取れる報酬は少なくなっていました。ADL維持等加算は、この矛盾点を解消するために新設されたもので、算定条件を満たしていて、ADLの維持・改善につながった利用者が多い事業所に報酬が加算されます。
一人当たりの単価が少ないため、現状では大規模事業所にしかメリットはなさそうですが、政府はこの改定を皮切りに、事業所への報酬加算のようなインセンティブ措置を強化していくと示しています。今後は多くの事業所が国の方針と介護業界の方向性を見すえて、自立支援介護に本格的に力を入れ始めるでしょう。
尊厳を支えるケアの確立に向けて
しかし、介護報酬改定に見られるような自立支援介護強化の動きが、「高齢者の尊厳の保持」という介護保険法の理念に逆行すると考える専門家も少なくありません。身体的な自立自体が目的化して、自立を心から望んでいない人や、残り少ない余生を穏やかに過ごしたいと希望している人にまでリハビリや社会参加を強いれば、QOLや幸福度の低下につながる可能性があるからです。
ここで思い出したいのが、以下の「高齢者福祉の3原則」です。もともとはデンマークで提唱された考え方ですが、日本の介護業界では「介護の3原則」といわれることもあり、多くの介護者が心構えとしているものです。自立支援介護の基本といってもいいでしょう。
- 残存能力の維持、活用
- 自己決定の尊重
- 生活の継続性
1は介護報酬改定により政府が提唱する自立支援介護の要点そのものですが、自立支援介護にあたる際には、そのほかの2つの原則も忘れてはなりません。特に大切にしたいのが、2の自己決定の尊重という視点です。
高齢者が自立した状態を長く維持することは社会的な目標でもあり、多くの高齢者とその家族の願いですが、すべての利用者がどんなときも身体機能の回復を強く望むとは限りません。リハビリの継続は高齢者にとっては負担が大きく、年齢や体の状態によってはそれに見合う成果が期待できない場合もあります。また、例えば室内でしか移動できなかった人が外出できるようになるなど、できなかったことができるようになった結果、転倒や事故などのリスクが高まるという一面もあります。
介護者は、普段から利用者とコミュニケーションを密にとって希望を聞き出し、その人の気持ちに寄り添いながら、ケアプランを十分に説明し、利用者が自分の意思で決定できるよう選択肢を提案する必要があります。利用者の意思でリハビリを進める場合は、もちろん、リスク対策も不可欠です。
自立支援介護では、個人の尊厳が守られ、自分らしく生きていける状態が維持されることが最も重要です。そして、それを実現するために自立支援の取り組みを進めるという考え方が必要です。これからの介護施設には、そんな本来あるべき自立支援介護を実践、継続できる環境と体制を整えることが求められます。