2020.12.28
- クリティカルケア
ARDS(急性呼吸窮迫症候群・きゅうせいこきゅうきゅうはくしょうこうぐん)とは、先行する基礎疾患・外傷がきっかけとなって重症の呼吸不全をきたす疾患の総称です。肺の内部にたまった浸出液が肺胞でのガス交換を妨げ、酸素が正常に取り込めなくなることによって全身の臓器が障害されます。ARDSを発症した場合、緊急的にICUでの呼吸管理を行う必要があり、たいへん予後の悪い病態です。
ARDSはさまざまな基礎疾患によって引き起こされ、昨今登場した新型コロナウイルス(COVID-19)感染症によっても発症します。中国の武漢市では、COVID-19による肺炎のために入院した201人のうち、84例(約41%)がARDSへと進行し、その死亡率は約52%であったと報告されています。
ARDSの特徴的な病態や呼吸管理法などについて、ARDS診療ガイドライン2016を軸に解説します。
ARDSとは
ARDSとは、Acute Respiratory Distress Syndromeの略称で、日本語では急性呼吸促迫症候群(きゅうせいこきゅうそくはくしょうこうぐん)または急性呼吸窮迫症候群といいます。ARDSは単一の病気ではなく、重症肺炎や敗血症などの基礎疾患に引き続いて、急速に発症する非心原性肺水腫の総称です。
2000年に公表された、米国ワシントン州の疫学調査では、10 万人あたり年間64人がARDSを発症していると報告されています。けっしてめずらしい疾患ではありませんが、ARDS発症後の死亡率は約40%にも達し、たいへん予後が悪い病態です。
ARDSの病態は、原因になった基礎疾患によって大きく異なり、かつ急速に進行します。治療に際しては、刻一刻と変化する患者の状態を見きわめながら、適切な呼吸管理をすることが重要です。
ARDSの病態と定義
ARDS は先行する基礎疾患・外傷がきっかけとなって、重症の呼吸器不全と低酸素血症を呈する病気です。心不全、腎不全、血管内水分過剰だけでは説明できない原因によって、肺胞の血管内皮細胞がダメージを受けて血管透過性が亢進(こうしん)します。血液中の水分やたんぱく質が肺胞内ににじみ出て、急性肺水腫にいたるのです。胸部 X線画像上では両側性の肺浸潤影が認められます。
ARDSを罹患した肺を病理学的に見ると、びまん性肺胞障害(Diffuse Alveolar Damage: DAD)を呈するのが特徴です。これは、肺内で活性化した好中球(白血球の一種)が過剰炎症反応を引き起こし、大量の活性酸素やたんぱく質分解酵素を放出することによって、肺胞の組織が広範囲にわたって障害されていることを示します。
ARDSの原因疾患
ARDSを引き起こす原因疾患は、肺自体を障害する「直接損傷」と、それ以外の「間接損傷」の2種類に分けられます(表1)。ARDSにいたる直接損傷として多いのは、肺炎や胃内容物の誤嚥(ごえん)で、間接損傷として多いのは、敗血症や全身の外傷や重症熱傷です。
ARDSの定義と診断基準
ARDSの定義は、1992年以来、長きにわたってAmerican-European Consensus Conference(AECC)の定義が用いられてきました。しかし2012年に、より実用性の高いベルリン定義が新たに提唱され、現在はベルリン定義が世界で広く使用されています。
ベルリン定義では、ARDSについて、
- 明らかな誘因や呼吸器症状の出現から1週間以内に発症すること
- 低酸素血症が認められること
- 画像撮影によって両側の肺に異常な影を認めること
- 心不全や輸液負荷が原因とは考えられない呼吸不全を呈する
(出典: ARDS 診療ガイドライン 2016)
を満たすものと定義されます。また、PEEP(呼気終末陽圧型人工呼吸)使用下での酸素化能を指標として、軽症、中等症、重症を分類しています(表2)。
ARDSの治療法
ARDSを改善するには、まず基礎疾患のコントロールが必須です。基礎疾患のコントロールなくしては、生命予後を改善する決定的な治療法がないのが現状ですが、急性の低酸素血症に対しては、呼吸管理を中心とする全身管理を行います。
軽症のARDSでは非侵襲的陽圧換気(NIPPV) を、中等症~重症ARDSでは、気管挿管や人工呼吸管理を行い、血中酸素濃度を維持します。
人工呼吸管理においては、気管に導入する空気に圧をかける必要がありますが、ARDSでは、胸膜圧と経肺圧分が不均一であるため、肺含気分布も均一ではありません。換気能のある肺容量もいちじるしく減少しているため、肺を保護しながら呼吸管理を行う「肺保護的換気法(戦略)」を実践し、わずかに残された正常肺の圧外傷を防ぐことが重要です。
ARDSに対する肺保護的換気法
肺保護的換気法の実施に際しては、
l 低一回換気量(<6~8ml kg="" p="">
l 吸気プラトー圧 (目標値:< 30 cmH2O)
l 吸気プラトー圧の制限
を基本とし、患者の状態に応じて治療オプションを追加します。より重症例のARDSに対しては、肺保護的換気法を補うオプションとして、より高レベルの呼気終末陽圧 (高PEEP)や、最重症例に対しては体外式膜型人工肺(Extracorporeal Membrane Oxygenation: ECMO)などを選択し、血中酸素濃度の維持をめざします。
中等症~重症例のARDSに対して「腹臥位療法」が新たなオプションとして選択可能に
日本呼吸器学会、日本集中治療医学会、日本呼吸療法医学会の3学会による「ARDS診療ガイドライン2016」より、中等症~重症例のARDSに対する肺保護的換気戦略の推奨オプションとして、「腹臥位(ふくがい)療法」が新たに加わりました。これは、呼吸管理中の患者を一定時間腹臥位(うつぶせ)に体位変換することによって、腹腔や縦隔の重みに圧迫されない背側の肺領域を開放し、酸素化の改善を目的とするものです。
海外のランダム化比較試験(RCT)のメタ解析では腹臥位療法の併用によって重症度のARDSの生命予後が改善することが報告されています。また、COVID-19に起因する重症ARDSに対しても、腹臥位療法が酸素化状態を改善したという海外の報告があります。腹臥位療法は、研修を受けたスタッフの配置を要するため、現状では実施できる施設は限られています。しかし、重症ARDSに対するエビデンスある治療オプションとして、さらなる普及が期待されているのです。
まとめ
現在のところARDSに対しては、患者の生命予後を大幅に改善する決定的な治療法は確立されていません。しかし、基礎疾患のコントロールと並行して、肺保護的換気療法を実施することにより、酸素化や生命予後の改善がみられる症例が報告されています。近年では、中等症~重症例のARDSに対して、肺保護的換気戦略のオプションとして腹臥位療法が加わり、治療の選択肢が広がっています。
ただし、ARDSは多様な原因と病態をもつため、一元的に理解することは困難です。呼吸管理に際しては、患者一人ひとりの状態や背景、施設の機器や人員などを考慮して、最善の治療戦略を選択することが重要です。
参考:
日本呼吸器学会
https://www.jrs.or.jp/modules/citizen/index.php?content_id=36
ARDS診療ガイドライン2016
https://www.jsicm.org/ARDSGL/ARDSGL2016.pd
急性肺損傷急性呼吸窮迫症候群(ALIARDS):診断と治療の進歩
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/100/6/100_1522/_pdf
Chaomin Wu, et al. Risk Factors Associated With Acute Respiratory Distress Syndrome and Death in Patients With Coronavirus Disease 2019 Pneumonia in Wuhan, China. JAMA Intern Med. 2020 Mar 13
https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2763184
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