腹臥位療法について~コロナ起因も含めたARDS (急性呼吸窮迫症候群)に対する新しい肺保護的換気戦略~

2020.12.08

  • クリティカルケア
#基礎知識
腹臥位療法について

 日本呼吸器学会、日本集中治療医学会、日本呼吸療法医学会の3学会による「ARDS診療ガイドライン2016」より、重とくな呼吸不全を呈する中等症および重症例のARDS(急性呼吸窮迫症候群・きゅうせいこきゅうきゅうはくしょうこうぐん)に対する呼吸管理戦略のオプションとして、腹臥位(ふくがい)による呼吸管理「腹臥位療法」の提案が新たに加わりました。

 腹臥位療法とは、一定時間うつぶせの状態で行う肺保護的換気法のことです。海外のランダム化比較試験(RCT)のメタ解析では、腹臥位療法の実施によって重症度の高いARDSの生命予後が改善することが報告されています。

また、2019年に発生した新型コロナウイルス(COVID-19)に起因するARDSに対しても、腹臥位療法の実施が、患者の酸素化状態を改善することが報告されています。さらに、敗血症による死亡を減らすためのグローバルなとりくみであるSurviving Sepsis CampaignのCOVID-19ガイドラインや、米国集中治療医学会ガイドラインでも、COVID-19に起因するARDSに対する腹臥位療法が推奨されています。

しかし、腹臥位療法を実施するにあたっては、多数のチューブやプローブが付いたまま体位変換を行う必要があるため、熟練したスタッフを複数人確保する必要性が指摘されています。

腹臥位療法の利点や実施に際しての注意点について、ARDS診療ガイドライン2016の内容を軸に解説します。

腹臥位療法とは

 腹臥位療法とは、ARDSにおける肺保護的換気法のオプションとして、腹臥位(うつぶせ)の状態で人工呼吸管理を行うことをいいます。

海外の研究報告では、ARDSの患者を腹臥位にすることで、低酸素血症を改善したと報告されています。これは、どのようなメカニズムによってもたらされるのでしょうか。

ARDSでは、肺内の過剰炎症反応にともなう血管透過性の亢進(こうしん)により、両側肺(特に背側肺)に浸出液が貯蔵することによって急性肺水腫にいたります。ARDSに対し、従来は仰臥位(ぎょうがい、あおむけのこと)で人工呼吸管理を行ってきましたが、仰臥位では、以下の問題点がありました。

  • 胸郭によって引き上げられる腹側肺に換気が集中する一方で、胸郭による動きが少ない背側肺底部では換気量が減少してしまう
  • 重力によって、肺胞の血流量は、換気量の少ない背側部障害肺に集中し、腹側肺で減少してしまうために、酸素化の効率が悪くなってしまう
  • 背側肺底部は、心臓や肺組織の荷重によって、無気肺を生じるリスクがある
  • 腹側肺は換気しやすいが、わずかに残された腹側部の正常肺が圧損傷を受けるリスクがある

 一方、患者の体位を腹臥位に変換した状態で人工呼吸を行うと、以下の効果がもたらされます。

  • 肺内の血流を、背側障害肺から腹側の正常肺へと再分布することで酸素化の効率が改善する
  • 心臓によって圧排されていた左肺下葉換気が改善する
  • 横隔膜運動が変化する
  • 体位ドレナージによって気道内分泌物が排出される

こうした効果の結果、肺胞の再開通が期待できるのです。

 ARDS診療ガイドライン2016では、腹臥位療法を肺保護的換気法のオプションとして推奨しています。

腹臥位療法のエビデンス

 腹臥位が ARDS 患者の酸素化能を改善することは、数多く報告されています。 ARDS 診療ガイドライン 2016 作成委員会は、海外の8件のRCTのメタ解析を行い、腹臥位療法の実施が成人ARDS患者の死亡を有意に減少させることを確認しました(RR 0. 77, 95% CI 0. 62〜0. 96)。中等症・重症ARDS (P/F 比≦200)のみを対象とした 4 つのRCTに絞った場合でも、結果は同様でした(RR 0. 71, 95% CI 0. 52〜0. 97)。

COVID-19感染症にも腹臥位療法が有効

 イタリアの医療機関が、COVID-19感染者を対象に腹臥位療法によって酸素化状態を改善できるかどうかを調べたところ、腹臥位への体位変換がP/F比を改善することを見いだしました。腹臥位療法による体位ドレナージの効果は、COVID-19に起因する肺障害にも有効であると考えられます。Surviving Sepsis CampaignのCOVID-19ガイドラインや、米国集中治療医学会ガイドラインでは、COVID-19感染症によって人工呼吸を行う患者に対して、1日あたり12時間~16時間の腹臥位療法の導入を推奨しています。

腹臥位療法の実施方法

 腹臥位療法は、中等症から重症例のARDSに対して適応されます。実施にあたっては、肺保護的換気法を行いながら、腹臥位への体位変換を行います。

1日のうち、最適な腹臥位の維持時間は、ARDS 診療ガイドライン 2016には明記されていませんが、短時間の実施では十分な効果は得られないと考えられます。酸素化の改善が認められた研究報告では、1日あたり16時間の腹臥位療法が導入されていたことが示されています。先述の通り、米国集中治療医学会ガイドラインの推奨では1日あたり12時間~16時間です。

腹臥位への体位変換時は、頭部および気管チューブの保持に1名、身体の保持に3名を配置し、チューブ、ラインの抜去や脱臼に注意しながら行います。

最近では、仰臥位から腹臥位への体位変換や体位維持を補助する専用機器も開発・販売されており、活用すれば、より安全・確実に腹臥位をとることができます。

体位変換後は患者の姿勢に、呼吸を妨げるポイントがないか、気管チューブや回路内に屈曲や異常がないかを確認します。また、経時的に酸素化のモニタリングと評価を行うとともに、腹臥位によって循環器系への負担がないか、圧迫による褥瘡(じょくそう・床ずれのこと)や神経障害がないかについても観測することが重要です。

腹臥位療法を実施するにあたっての注意点

 患者を仰臥位から腹臥位へと体位変換させる際は、体位変換による血圧変動、転落、血行障害や、ライン、チューブ抜去のリスクがあります。そのため、熟練したスタッフを複数人確保することと、緊急的に気道確保できるスタッフを常駐させることが必要です。腹臥位療法実施中のフローを日々のシミュレーションを通して確認し、万が一のトラブルにも迅速に対応できる体制を整えましょう。また、圧迫による褥瘡ケアや神経障害への対処も必要になるため、施設内での多職種連携も重要です。

 COVID-19をはじめとする感染症をともなう症例では、エアロゾルの発生を回避するために、気管チューブを含む人工呼吸回路は開放せずに体位変換しなければなりません。チューブ系トラブルは、エアロゾルの飛散に直結するため、体位変換は慎重に行います。

まとめ

 腹臥位療法は、中等症から重症例のARDSにおいて、酸素化・血行動態の改善や人工呼吸関連圧損傷の防止などの効果が期待できます。このことから、ARDS診療ガイドライン2016において、ARDSに対する肺保護的換気法のオプションとして、腹臥位療法が新たに推奨されました。しかし、腹臥位療法を安全・確実に実施するためには複数名の熟練したスタッフが必要であり、スタッフの確保ができる時間帯に短時間で実施するだけでは、十分な効果は得られません。人員確保、スタッフの教育機会、トラブルへの体制を確保したうえで実施する必要があります。

その一方で、腹臥位療法は特殊な機器やハードウェアを新たに増設しなくてもよく、現在の設備のなかで導入できる療法でもあります。今後は人員の確保や補助機器の充実に力を入れて、実施できる施設の拡大に向けて体制を整えることが大切です。

また、腹臥位療法はCOVID-19に起因するARDSにも有効であると期待されています。ただし、体位変換にともなうチューブ系トラブルによるエアロゾル飛散には細心の注意を払う必要があります。腹臥位療法の導入にあたっては、実施中のフローの確認、緊急時の対応、防疫対策を徹底しましょう。

参考:

Beitler JR, Shaefi S, Montesi SB, et al:Prone positioning reduces mortality from acute respiratory distress syndrome in the low tidal volume era:a meta-analysis. Intensive Care Med 40:332-341, 2014

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24435203/

 日本呼吸器学会

https://www.jrs.or.jp/modules/citizen/index.php?content_id=36

ARDS診療ガイドライン2016

https://www.jsicm.org/ARDSGL/ARDSGL2016.pdf

急性肺損傷急性呼吸窮迫症候群(ALIARDS):診断と治療の進歩

https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/100/6/100_1522/_pdf

Guerin C, Reignier J, Richard JC, et al:Prone positioning in severe acute respiratory distress syndrome. N Engl J Med 368:2159-2168, 2013

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23688302/

米国集中治療学会ガイドライン

https://www.sccm.org/disaster

Sartini C, et al. Respiratory Parameters in Patients With COVID-19 After Using Noninvasive Ventilation in the Prone Position Outside the Intensive Care Unit. JAMA. 2020 May 15.

https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2766291

ICUにおけるCOVID-19患者に対する看護Q&A - 日本集中治療学会

https://www.jsicm.org/news/upload/COVID-19_nursing_Q&A.pdf

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