静岡県伊豆の国市にある順天堂大学医学部附属静岡病院は、救命救急センターや総合周産期母子医療センター、災害拠点病院、静岡県東部ドクターヘリ運航基地病院などの指定を受ける高度急性期病院として、質の高い医療を地域に提供しています。このたび、パラマウントベッドは、救命救急センターをはじめとする各センター機能の向上、高度化する手術への対応、外来機能の強化を目指して進められた新病棟(H棟)の建設プロジェクトに参画させていただき、EICUの整備をサポートさせていただきました。旗振り役となって、新たな環境の整備をリードしてこられた看護師の野澤様、多田様のお二人に、H棟の建設に伴うEICUの整備に向けられた想いなどについてお話を伺いました。
【プロフィール】
順天堂大学医学部附属静岡病院 入院業務課長
野澤陽子
EICUの師長などを経て現職。認定看護管理者、救急看護認定看護師としても広く活躍。
順天堂大学医学部附属静岡病院 3A病棟(GICU)師長
多田真也
EICU、フライトナースなどとしての勤務を経て現職。診療看護師でもあり、看護師特定行為研修センター運営にも関わる。
スペースのなさがスタッフのストレスとなっていた旧施設
――順天堂大学医学部附属静岡病院の地域で求められている役割は?
野澤 当院は、静岡県の東部に位置する高度急性期の病院です。年間外来患者数が約2万人、年間救急車受け入れ台数が約5500台、病床数は603床、救急救命センターや災害拠点病院また静岡県東部のドクターヘリ基地でもあります。ほかにも総合周産期母子医療センターや地域がん診療連携拠点、地域医療支援、特定行為研修指定研修機関などさまざまな機能を持っております。EICU16床、EHCU18床、GICU14床、合計48床のクリティカルケア関連病床を有することも大きな特徴の1つです。
――今回新しくH棟を完成させたとのことですが、どのような施設なのでしょうか。
野澤 完成したH棟には、
- ハイブリッド手術に対応した手術室
- 救命救急センター
- 総合周産期母子医療センター
- 血管撮影室
などの機能・施設があります。
新棟を設立した理由の1つは、既存棟の老朽化です。併せて医療の高度化、施設基準の変更への対応で手狭になった特定機能を持つ部門を対象として、H棟に集約しました。地域の救急医療を担う病院として、機能を存分に発揮できるように考えて設計されています。
――新棟を建設した経緯や、今までの施設の課題についてお聞かせください。
野澤 以前のICUは、ベッドサイドのスペースがとても狭く、患者さんへのケアがしにくい点が課題でした。そのため、スタッフのストレスはとても大きかったです。
輸液、シリンジポンプ、体外循環やベッド、電子カルテなどの電源コードが床を這った状態で、とにかくスペースが狭かったのです。その状態で、体位変換をはじめとして各種ケアをしなければならないので、スタッフは常にストレスを抱えていましたし、安全面でも問題がありました。たとえばコードが床を這った状態だと、スタッフがつまずいたり、掃除がしにくかったりします。
ベッド周りには、患者さんの状況や求められる治療に応じて必要な医療機器を配置しますが、状況が変われば機器も変わります。狭いスペースでは、機器の再設置も大変でした。どんなに整理しても多くの機器類があり、ベッドサイドが常に雑然としていることも悩みでした。
多田 リハビリのときも同じ問題がありました。とにかくスペースが狭い。離床するための十分な活動スペースを取ることが難しく、スタッフのストレスになっていました。これによってリハビリの質や量にも影響があったと思います。
さらにいえば、ご家族がお見舞いに来られた際に、面会のためのスペースを作らなければなりませんでした。スタッフも大変ですし、ご家族に落ち着いた環境を提供することも難しかったです。もっとも、この2年は新型コロナウイルス感染症の影響で面会の機会も少なかったのですが……。
もう1つはプライバシーの問題です。ベッドごとにカーテンで仕切られていましたが、医療従事者の立場としては、患者さんのケアをしながらも、隣のベッドの患者さんの様子も観察していたい。しかし目を行き届かせるためにカーテンを開けると、ベッド内が隣の患者さんにも見えてしまい、プライバシーが確保できませんでした。
「理想のICU」を作るために大切にした3つのポイント
野澤 私は「ベッド周辺のスペース確保」と「プライバシーを確保した上での視認性」を実現したいと思っていました。ほかのスタッフとも、新しい施設をどんな空間にしたいか話し合ったところ、以下のように意見がまとまりました。
- 患者さん、ご家族に安心・安全を提供できるICU
- スタッフが働きやすいICU
- 外からの光が入る空間
ICUには重症な患者さんが入室し、ある意味、最後の砦のような意味合いがあります。そのためスタッフは高い緊張感と使命感で業務にあたっています。患者さんが回復へ向かうことや、よりよいケアが提供できたと感じることで自己効力感を高められるので、ハード面で環境を整備し、ケアしやすいICUをつくることがまず大切だと思ったのです。
さらに、「外からの光が入る」というのは、患者さんに時間の経過を光で感じていただいたり、スタッフが外の景色を見て気分を変えたりすることができる空間にしたいという思いから出た提案です。
――理想のICUづくりはどのようにして行われたのでしょうか。
野澤 自分たちの理想はあっても、それを形にするためには専門家の力を借りなければなりません。いろいろ考える中で「理想の環境をつくるということは、与えられた空間に必要なものを入れていけばいいだけなのだろうか?」という疑問がありました。必要なものを置くだけでは、快適な環境になるか分かりません。また、「こうしたい」と希望を伝えて図面を作ってもらっても、実際に出来上がったらどうなるか? まったく想像できませんでした。
そんな折に、パラマウントベッド社が空間づくりのサポートを行っていて、本格的なシミュレーションができるスタジオを持っていると知り、すぐに予約を入れました。そこからさまざまな形で新棟の建設に関わっていただきました。
多田 スタッフ5人ぐらいで東京のスタジオに伺ったのですが、想像以上にリアルに病院内部が再現されていて驚きました。実寸大の空間があり、ベッド、医療機器も置いてあったので、操作するスペースなども体感できました。
野澤 みんなでいろいろなシーンを想定し、機器の配置、動線の確認を行いました。こうしてシミュレーションした結果を3Dパースに落とし込み、ビジュアルとして見て分かるようにしてもらえたので、スタジオに行けなかったスタッフともイメージが共有できました。こんな過程を経て、平面図だけでは分からなかった具体的なイメージが理解できたのです。
さらに、新棟の1/10サイズの大型模型をつくっていただきました。内部にはベッド、人工呼吸器、カート、棚などの器材のほか、スタッフのミニチュアまで配置されているので臨場感もあります。模型の10センチは実際のサイズで1メートルになる、と分かるので、フロアを構成する各所の寸法が一目瞭然でした。
多田 たとえば「この出入り口は開口1.2メートルしかないから、ベッドだけなら通れるかもしれないけど、補助循環がついていると厳しいね」とか「スタッフステーションは、もう少し広さがほしい。そのために、後ろの壁をなくせないかな?」など、非常に具体的な議論ができました。
また模型をスマホで撮影すると、実際の風景のように見えるので、これもまたイメージがつきやすく、その場にいなかったスタッフへの共有がうまくできたと思います。
野澤 一部屋ずつ、医療機器の配置をセンチ単位で確認していきました。今回、パラマウントベッド社からのご提案によって「コラムシステム プルゴ」(各種モニターやエネルギー供給源を集約できるクリティカルケア設備機器。以下、プルゴと表記)を取り入れましたが、壁からの位置は何センチにするか、頭の位置からは何センチにするかなどセンチ単位で決めていただけたのがありがたかったです。
模型の中にある人のミニチュアや医療機器を動かしながら検証を繰り返したため、現実に即したレイアウトイメージをつかむことができました。この“可視化”する作業が、理想の環境づくりの実現に欠かすことができないステップだったと実感しています。
私たちは建築の専門家ではないので、平面図だけではイメージができない。一方、建築の専門家たちも、医療従事者たちの専門用語を交えた要望を伝えられても理解するのが難しいはずです。いかにコミュニケーションエラーを防ぐかがとても重要だと感じました。言ったはず、伝わったはずという思い込みを防ぐために、模型などによる“可視化”はとても重要なステップでした。
この工程によって、私たち医療従事者間のイメージ共有化と、医療従事者と建築家側のすり合わせがスムーズに行われたと思います。
導入してよかった「コラムシステム プルゴ」、調光ガラス、天井走行リフト
――完成後の感想はいかがでしょうか。特徴や気に入っている点について教えて下さい。
野澤 完成後の写真を見ていただくと、非常にスッキリしているのが分かると思います。ここは、救急搬送された重症な患者さんが入室するICUです。主として外傷、脳血管障害、循環器疾患などのため、人工呼吸器や補助循環、各種ドレーンなどの挿入が必要となります。
今まではICUとCCUが同じ空間の中にあり、患者さんの回復過程に応じてベッドを移動させていただくことがありました。新施設になって、どの部屋でも重症患者さんに対応できるので、ベッドを移動する件数は減りました。
導入してよかったのは、なんといっても「プルゴ」ですね。この柱状のエネルギーサプライユニットは、電源や医療ガスアウトレットなどが集約されていて、今までのようにベッドサイドに置いていた医療機器の電源や医療ガスを壁から取る必要がなくなったのです。ICU全体が念願のスッキリした空間になったのは、「プルゴ」の導入によって電源コードが床を這わなくなったことや、コンセントやアウトレットの位置も使いやすいようにレイアウトすることができたことが大きかったと思っています。
さらにスイッチひとつでくもりガラスや、素通しガラスになる調光ガラスも想像以上に良かったです。患者さんのケアをしながら、隣の患者さんの様子がプライバシーを確保した上で、見ていられる。これも以前から解決したかった課題なので、本当に導入してよかったです。
多田 私も「プルゴ」を導入して本当に良かったと思っています。看護師の動線は飛躍的によくなりました。モニターも吸引器もすべて「プルゴ」に集約されているので、以前はベッドサイドを行ったり来たりしていましたが、その無駄な動作がなくなりました。野澤さんがおっしゃったように、アーム類などコラムに集約されている機器の高さを自由に設定できる点も助かっています。
電源・医療ガス供給設備としてシーリングペンダントの情報も集めたのですが、シーリングペンダントはアーム部分がかなり大きく、患者さんの頭側に来ると相当な圧迫感があると感じました。あの大きなアームが、「プルゴ」の導入によって無くなったのはよかったです。
処置灯も、活用しています。処置や観察に十分な光量がある上に、調光もできるので便利です。こういったこと1つ1つが、スタッフの身体的負担の軽減にもつながっているのを実感します。患者さんにとっても、スッキリした空間であることで転倒のリスクが減りますし、心理的なストレスの軽減につながっていると思います。
リハビリについては、今回導入した天井走行式リフトが役立っています。当院ではどの部門でも積極的にリハビリを実施しており、ICUでも同様です。ただベッドから起き上がればよいのではありません。元の生活に戻るためには、歩くことが大切です。以前はスペースがないために、理学療法士と看護師が医療機器を抱えながら歩行訓練していたので大変でした。
今回、天井走行式リフトを導入し、歩行訓練を実施できるスペースの確保ができたこともあり、早い時期から患者さんを起こし、座らせ、立たせ、歩行訓練しています。本当に導入してよかったと思っています。
――スタッフの反応はいかがでしたか?
多田 空間がスッキリしたことで、ベッドサイドで作業を行うすべての医療従事者の動線がすごく良くなりました。また今まで視界を遮っていた医療機器や配管が「プルゴ」にまとめられたので、壁で仕切った部屋ではありますが、部屋全体が明るくなったと好評を得ています。
野澤 ICUは患者さんにとっては療養環境であり、医療従事者にとっては労働環境という2つの側面を持っています。今回のH棟新設では、患者さんには安楽な環境を、医療従事者には働きやすい環境をつくることができたと思っています。
新施設の機能を駆使して地域のクリティカルケアに尽くしたい
――今後、この新棟やICUをどのようにしていきたいか、意気込みをお聞かせください。
野澤 以前の環境で改善したかった課題を、ほぼ解決できたと思います。よい環境が整ったので、医療の質の向上にも尽力したい。スタッフ一丸となり、患者さんの回復過程を支える看護を充実できるよう、力を尽くしていきたいと思っています。