特に長期臥床している高齢者の場合、いったん褥瘡ができると急激に悪化し、治癒するまでに時間がかかります。その上、治ったと思いきや、再び悪化することも……。今回は、褥瘡・創傷管理の第一人者である中村義徳先生にインタビューし、活動内容や最新の研究テーマ、そして新たに導入したエアマットレス「ここちあ利楽flow」(パラマウントベッド社)の評価などについて伺いました。
【お話を伺った方】
天理よろづ相談所病院白川分院 在宅世話どりセンター 顧問
中村義徳(なかむら・よしのり) 先生
消化器外科医として手術や内視鏡などを手がける中、2007年に当施設のセンター長に就任。在宅医療への対応を推し進める傍ら、外科医の経験を生かして褥瘡・創傷管理に取り組む。また、日本在宅医療連合学会専門医・指導医として後進の教育に携わり、さらには、日本褥瘡学会の功労会員、日本褥瘡学会・在宅ケア推進協会(在宅協)理事、日本褥瘡学会近畿地方会世話人として、自施設にとどまらず褥瘡・創傷の治療やケアの発展に尽力している。なお、2021年にはセンター長から顧問に職名が変更になっている。
【天理よろづ相談所病院白川分院 在宅世話どりセンター】
本院である天理よろづ相談所病院(奈良県天理市)に併設され、1991年から在宅医療を開始。2019年に系列の白川分院(療養病棟・回復期リハビリテーション病棟100床、精神神経科病棟・精神神経科外来43床)に移転。引き続き24時間の看取り体制を継続する一方、新たに「在宅医療相談外来」や「在宅床ずれ外来」などを導入し、患者さんやその家族はもちろん、在宅医療に関わる関係者などを含め、すべての人々が納得できる医療を目指している。
いち早く在宅医療を始め、地域に貢献
――貴センターは、かなり早い段階から在宅医療に目を向けてきたそうですね。
当センターは1991年に開設されました。介護保険制度のスタートが2000年なので、その9年前の時点から在宅医療に取り組んでいたわけです。母体の本院は病床数800床を超える(現在は715床)地域中核病院だったので、当センターは大規模病院併設の在宅医療部門として、訪問診療と訪問看護を提供してきました。2020年7月に、機能強化や地域医療へのさらなる貢献を目指して白川分院に移転しました。単独機能強化型在宅療養支援病院の認定を受けています。
この移転には大きく2つの狙いがありました。第一に、白川分院の活性化です。在宅医療専門のスタッフが合流することで、新旧スタッフが互いに連携し、より質の高い医療を提供できると考えました。
第二に、診療報酬の適正化です。診療報酬の点数は、病院の規模によっても左右されます。提供する訪問診療の内容や質に差異がなくても、開業医・中小規模病院に比べて大規模病院で行う訪問診療や訪問看護の診療・看護報酬の単価は低くなります。他施設の訪問診療に劣ることなく良い医療を提供しているという自負はありましたが、経営状況が不安定だと望ましい医療を提供し続けることは不可能です。当初、「採算は気にしなくていい」と本院から言われていましたが、200床未満の分院に移転し、在宅療養支援病院の在宅部門に生まれ変わってからは訪問診療の単価が上がり、赤字続きだった経営面は随分改善しました。ただし、当センターの訪問看護部門は専従の看護師・管理栄養士・事務員で構成されていますが、病院付属のセンターなので、従来と同様「見なし指定の訪問看護」となり、訪問看護報酬単価は低いままです。
――貴センターが提供している在宅医療には、どのような特徴がありますか。
第一に、2008年から導入している24時間の看取り体制があります。より良い終末期を迎えられるよう、在宅あるいは居宅に準ずる施設などにおいて、「住み慣れた場所での療養あるいは看取り」を希望するすべての人に対応しています。年間のべ100人以上の患者さんのうち、生涯を閉じられる方は毎年40~50人を数えますが。在宅での看取り率は従来の50%未満から、多いときには90%を越え、概ねは80%前後の水準を維持しています。
在宅での看取りは、疾患や病態によって変わりますが、近年では、がん患者の看取りが増加するにつれて、数日から1ヶ月以内という、慌ただしいケースも増加しております。「在宅医療も、従来に比べて急性期化している」とでも言えるのではないでしょうか。一般的には、一般診療所と訪問看護ステーションの連携で成り立つ在宅医療ですが、当センターでは医師と看護師が同じエリア・部署で働いています。日ごろから顔を合わせてコミュニケーションしていることにより、緊急性・即応性の高い対応や個々のケースに合わせた細やかな対応ができていると考えます。
第二に、「在宅医療相談外来」「在宅床ずれ外来」といった専門外来の設置です。「在宅医療相談外来」では、在宅医療に関わる質問にいつでも対応できるよう準備しています。在宅医療の多くはかかりつけ医からの依頼に応じて行われることが一般的です。しかし、患者さん本人だけでなく、それを支える家族や知人の方々もさまざまな疑問や不安を抱えており、医療者を介さず相談したいと考える方もいらっしゃいます。そうした場合でも対応できるように考えました。また、在宅医療の要を担っているケアマネジャーさんからの直接の在宅医療に関する相談や依頼もあります。本院や分院からの依頼に限らず、院外にも開かれた形で、これらを私たちがサポートすることで、様々な不安や不都合の解消に少しでも貢献できればという思いです。
「在宅床ずれ(往診)外来」は、2020年に開設したものです。「床ずれ外来」を標榜する一般病院は少なくありませんが、在宅の患者さん限定の、在宅に特化した褥瘡ケアの相談窓口は病院としては珍しいと思います(通常、床ずれは本院での診療に委ねられます)。しかも往診を主にした、いわゆる往診外来の形態はさらに珍しいと思います。褥瘡が生じ、悪化すると、本人のQOLが下がり、介護者の負担が重くなります。しかし、いつでもケアできる院内に比べて、在宅の場合はケアの頻度や内容などに制約があるのも事実です。だからこそ、地域の訪問看護ステーションや介護施設の看護師さんたちとも協働しつつ、当センターが継続的な褥瘡ケアを提供するのが良いのではないかと考えた結果です。開設以来、新型コロナ感染症の蔓延期と重なったりして、なかなか思うように広報・普及できていませんが、必要とされるケースは少なくないと考え、地道に活動を続けています。
TASS®シートを考案し、褥瘡の劇的な治癒を達成
――先生自身は、褥瘡・創傷の治療やケアにどう向き合ってきたのでしょうか。
私はもともと外科医なので、創傷の治療やケアに興味を持っていました。1993年から褥瘡・創傷管理に取り組み、院内の23科すべてを週単位で回る「創傷回診」も全国に先駆けて始めました。こうした活動を継続したことに加え、形成外科や皮膚科を中心に褥瘡にも対応できる医師が増えたこと、皮膚・排泄ケア認定看護師をはじめとする看護師が研鑽を積んだことが実を結び、褥瘡・創傷の治療やケアのレベルが上がっていったと思います。今では本院での創傷や褥瘡の大半は現場スタッフが主体的に対応し、それを創傷・褥瘡回診チームがサポートする体制が定着しています。
分院の在宅世話どりセンターでも、訪問看護師が主体的に褥瘡・創傷ケアを行い、それに私やセンター所属の他の在宅医が関わります。また、2週に1度は、半日程度ですが、白川分院の病棟での創傷・褥瘡回診を行っています。一般的には褥瘡回診と言われることが多いのですが、回診を始めた30年前から、「褥瘡を含む創傷回診」という考え方を持ち続けて取り組んでいます。
また、私は日本褥瘡学会の活動にも関与しています。1998年に発足した日本褥瘡学会は、多職種(医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、理学療法・作業療法などのセラピスト、介護福祉士など)が各々の専門性を発揮しながら、褥瘡予防や治療について最新の知識を学び合う場です。同学会の活動の一つに、在宅医療ならではの褥瘡ケアに焦点を合わせた在宅褥瘡セミナーがあり、各都道府県で開催しています。私が代表世話人として関わっている奈良県在宅褥瘡セミナーは、今年で15年目を迎えますが、参加者は今や300人を越えるにまで増え、全国でトップレベルの規模となっています。
――これまでさまざまな褥瘡ケアを行ってきた中で、特に印象に残っている症例はありますか。
褥瘡・創傷のケアは、医療現場では避けて通れない課題です。当センターでも、悪性腫瘍、呼吸不全、心不全、認知症など疾患を選ばず、患者さんの半数程度は何らかの「傷」を抱えており、ケアを実施しています。
褥瘡に関して特に印象深いのは、局所摩擦ずれ緩和シート Topical Aid Sliding Sheet(以下、TASS®シート)を考案するきっかけになった症例です。TASS®シートは、摩擦予防のためにも使われるナイロンを主な素材とし、その表面をシリコーンでコーティングしたものです。使用方法はいたって簡便で、創部に外用薬やドレッシング材を使用した後、その上をTASS®シートで覆うだけです。TASS®シートにより局所の摩擦(一般的な表現のずれに相当します)が持続的に緩和でき、褥瘡の治癒に寄与したと考えています。
この症例は、70歳代のレビー小体型認知症の患者さんで、老人ホーム入居中にDTI※を発症し、褥瘡レベルはD4(皮下組織を越え、筋肉、腱などに至る損傷)でした。ここまでの状態であれば、創を切開して肉芽の増殖を促し、治癒に導くのが一般的だと思います。しかし、この症例では壊死組織を外科的に除去した後、ドレッシング材とTASS®シートを貼付して経過を見ました。その結果、デブリードマンの実施後、創腔天蓋に切開を入れることなく、ほぼ2ヶ月で創が閉鎖しました。創閉鎖後超音波検査を実施しますと、わずかに液貯留を認める部位がありましたが、やがて吸収され、治癒しました。
創腔天蓋を切開することなく完治させることができたのは、高機能体圧分散式エアマットレスによる外力対策の下、バイオフィルム対策に加え、摩擦係数の小さいシートによる「持続的局所摩擦防止シート法(+TASS®、プラス・タス法)」を適用した結果と考えます。
※DTI(Deep Tisue Injury):表皮剥離のない褥瘡のうち、皮下組織より深部の組織の損傷が疑われる所見がある褥瘡。
この症例で注目すべきなのは、摩擦を「常に」減らしたという点です。一般的に行う介助用グローブやスライディングシートによる圧抜き、摩擦防止は、一時的な摩擦の緩和にしかなりません。エアマットレスを使って圧を常に緩和するのと同時に、摩擦を常に緩和することが、褥瘡の治療および予防の「特効薬」になると考えます。マットレスによる体圧分散(圧再分配)とTASS®による摩擦緩和の両輪を、同時に持続して実現することが重要ということです。褥瘡の発生要因としては栄養低下、骨突出、湿潤環境などさまざまなものが示唆されていますが、極端なことを言えば圧力や摩擦の発生しない宇宙の環境下で褥瘡は発生しないのです。つまり、「圧」と「摩擦」が究極の発生要因(原因)であり、それぞれに適切なアプローチをすることが「褥瘡ができない(できても治りやすい)」につながるシンプルかつ最善の道であると考えています[i]。
「ここちあ利楽flow」による圧の緩和効果
――貴センターでエアマットレス「ここちあ利楽flow」を導入した理由や、実際に使ってみた感想を教えてください。
「圧」と「摩擦」が褥瘡発生の究極的な要因(原因)である以上、圧の持続的な緩和の質にもこだわる必要があります[ii],[iii]。新しくマットレスを導入する際、他社製品との比較の中で、体圧測定器で性能を調べたり、マットレスとしての使用感などを確認したりすることは大切です。「ここちあ利楽flow」には、体重を検知するAIセンサーが内蔵されているということで、患者さんの体重や体型に沿った内圧コントロールができるのは、局所的に圧がかかるのを予防でき、効果的なのではないかと考えました。
写真に示した患者さんは50歳台後半の男性で、20歳台で脊損となり長期間臥床状態です。両下肢の変形・拘縮を伴う麻痺や円背のために、良肢位を保つことができません。そうした事もあってか、背部に難治性の褥瘡が発生し、難治化しています。かかりつけ医からの介入依頼を受け、訪問看護ステーションとの連携を開始しました。経過中、摩擦緩和はTASS®によりかなりできているという自負はありましたが、どうしても局所圧力の低減ができていないと判断し、体圧センサーを使用し、それまでの機器との比較の上で、「ここちあ利楽flow」を導入しました。治癒には至っておりませんが、創縁が平坦化するなど一定の改善をみました。ただ、1年を越えて褥瘡が治癒しない患者さんの褥瘡経過で、残念ながら、もう一歩というところからの改善が得られず、再度他社製品の利用に移行しましたが、半年を経過した現在でも道半ばです。個人的な感想ですが、国内で利用できる、いわゆる高機能エアーマットレスを持ってしても、圧再分配機能の何かに足りない部分があるのでは、と考えざるを得ないものがあります。これは今後の課題なのではないかと考えます。
50代後半、男性、X年1月27日にはすでに背部に重傷褥瘡あり。改善傾向乏しく、6年が経過。連携の依頼を受けた。
褥瘡・創傷ケアは、一進一退を繰り返すのも珍しくありません。創の観察や治療内容の変更をタイムリーに行うことが難しい在宅医療では、入院の場合よりも難易度が高くなります。そうした制約を十分に理解した上で精度の高い介入を行う必要があり、知識や経験が豊富な医療従事者の存在と、地域にいる多職種との連携が不可欠です。これからも褥瘡・創傷ケアに最善を尽くし、レベルアップに貢献できるよう努めていくつもりです。
[i] 中村義徳, 吉田道子, 光田益士:在宅での褥瘡に対する持続的局所摩擦ずれ緩和シートを用いた3症例の治療経験.褥瘡会誌, 22(4):401-406,2020
[ii] Masushi Kohta, Yoshinori Nakamura. Shunji Yunoki: The Effectiveness of Topical Aid Sliding Sheet Potentially Used for Pressure Injury Treatment. Chronic Wound Care Management and Research, 8: 1-11, 2021.
[iii] Dinsdale SM: Decubitus ulcers: Role of pressure and friction in causation. Arch Phys Med Rehabil, 55(4): 147-152, 1974.