『良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律』 が2024年4月から施行、医師にも時間外労働時間の上限が設けられました。そのため、多くの病院においては、医師の業務の看護師へのタスクシフト・シェアの推進が課題となっております。
看護師の業務負担軽減の一助にしたいと、海老名総合病院では、外部委託の活用、デジタル技術の導入を行いました。導入後に起きた業務の変化などについて、同院で皮膚・排泄ケア特定認定看護師として活躍する寺尾綾さんにお話を伺いました。
【お話を伺った方】
海老名総合病院 皮膚・排泄ケア特定認定看護師
寺尾 綾 様
「行方不明」のマットレスを探し回った日々
――まずは、貴院の特徴と地域で果たしている役割についてご紹介ください。
当院は、神奈川県の県央エリアに位置する急性期病院です。2008年に県央医療圏で初となる地域医療支援病院の承認を受け、2017年には同医療圏で唯一の救命救急センターを設置しました。2023年5月には新病棟を増設し、現在は24の診療科と479の病床を擁しています。また、救急車の受け入れ台数は年間1万台を超え、その数は神奈川県内でも五本の指に入るほど。「救急は医療の原点である」という創立者の思いを受け継ぎながら、地域の基幹病院として医療を提供し続けています。
――体圧分散マットレスの管理を外部委託したきっかけを教えてください。
より正確に体圧分散マットレス(以下、マットレス)を管理して、看護スタッフの業務負担を減らしたいと考えたことがきっかけです。従来は各病棟の倉庫にマットレスを保管し、看護師の依頼を受けた看護アシスタント(看護助手)が運搬やセッティングなどを担当。貸し出しや返却のタイミングで紙の台帳に記入して管理するというルールでした。しかし、これでは実際に倉庫まで見に行かないと在庫の有無が分かりません。忙しい業務の合間を縫って足を運んだのに、在庫がなくて手ぶらで戻ることも多々ありました。
また、台帳の記入忘れによりマットレスが「行方不明」になることもしばしば。マットレスを探し出すために、看護アシスタントと一緒に病棟をいくつも駆け回ったことは一度や二度ではありません。おそらく、患者さんに一刻も早く届けようと急いだり、倉庫への返却前に病棟間で貸し借りしたりすることで、記入を忘れてしまうのでしょう。看護業務に支障を来しかねない状況だったので、どうにかして改善したいと常々思っていました。
そこで、新病棟増設のタイミングを機に、思い切ってマットレスの管理を外部委託することを決定。以前からベッドや車椅子などの管理をお願いしていたパラテクノ社に、マットレスの管理も一括してお願いすることにしたのです。旧病棟の病室を改築して作ったベッドセンターにすべてのマットレスを集め、病棟ごとの管理から中央管理へと移行し、そこにパラテクノ社のスタッフが常駐する(平日9~17時)体制を整えました。
〈海老名総合病院からパラテクノ社に依頼している主な業務〉
1. 中央管理業務使用可能なマットレス
(標準マットレスおよびエアマットレス)を1カ所で管理。在庫状況の確認、マットレスの搬入、返却したいマットレスの回収など、病棟から電話連絡するだけで迅速に対応してもらっている。
2. 情報管理業務
パラテクノ社は「monokanri」というスマートフォンのアプリで、物品管理を行っている。一つひとつのマットレスに識別番号とQRコードを付与し、アプリで読み込むと、いつ、どの病棟に、どのマットレスを貸し出し/返却したのかが分かるようになっている。自動ですべての履歴が残り、マットレスに関する情報を正確に管理できる。
3. 修理・点検業務
返却されたマットレスは、作動状況や破損の有無を確認、使用中のマットレスに故障や不具合があった場合は、連絡を受けてすぐに初期対応してもらっている。
マットレスの貸し出し・返却に要する時間が90%削減!
――看護アシスタントの業務はどのように変わりましたか。
マットレスに関する業務が大幅に減り、特に貸し出しと返却に要する時間は約90%も削減されました。倉庫への往復と台帳の記入に少なくとも10分はかかっていたところ、パラテクノ社に委託してからは電話連絡だけすればいいので、1件当たりに要する時間は1分ほど。1カ月間の貸し出し/返却件数が平均120件であることを考えると、所要時間は20時間から2時間へと激減したことになります。
このことは、看護アシスタントの業務負担を軽くしただけでなく、モチベーションにも前向きな変化をもたらしています。看護アシスタント51人を対象にしたアンケート調査によれば、ほぼ100%が業務負担の軽減を実感。以前は週1回の在庫チェック、点検、故障時の対応なども担っていたため、そこからから解放されたことの意義は大きいでしょう。看護アシスタントが直接ケアに向き合える時間が増え、看護師との間でのタスクシフトにもつながりました。最近では「土日にも対応してほしい」という要望まで出ているほどです。
――看護師や患者さんの変化についてはいかがでしょうか。
褥瘡リスクに気付いた段階ですぐにエアマットレスの使用を検討するなど、看護師の褥瘡対策に対する意識が高まっています。実際、エアマットレスの稼働率は90.1%から95.1%へ上昇しました。こうした変化は、在庫確認やエアマットレスの手配がスムーズになったことに加えて、エアマットレスの予約機能(予約したマットレスが他の病棟から返却されたときに通知が届く機能)のおかげだと思います。使いたいときに在庫がなく、他の業務に対応しているうちに頭から抜けてしまったり、引き継ぎがうまくいかなかったりする事態を防ぐことができています。
患者さんにとっても、必要なタイミングで点検や清掃が行き届いたマットレスを使えるようになったことは、大きなメリットだといえるでしょう。入院中の患者さんにおいて、褥瘡リスクは切っても切り離せないテーマ。適切なマットレスの使用をベースに、これからも質の高い褥瘡ケアを提供し続けたいと思っています。
「あやふやなデータ集計」から「タイムリーかつ正確なデータ活用」へ
――マットレスをデジタル管理することで、褥瘡管理者である寺尾さんの業務に影響はありましたか。
はい。圧倒的に変わったのは、稼働率をはじめとするデータの集計作業です。以前は台帳の膨大な履歴を一つひとつエクセルで集計しており、かなりの時間と労力がかかっていました。そもそも、台帳の記入忘れがあれば、集計したデータの正確性すら疑わしいという問題もあります。集計作業に手いっぱいでデータ活用にまで至らない状況は、褥瘡管理者として歯がゆいものでした。
しかし、アプリによるデジタル管理の仕組みが整ってからは、正確なデータをタイムリーに扱えるようになりました。途方に暮れそうだった集計作業が効率化され、データ分析やデータ活用にまで目を向けられるようになっています。例えば、マットレスの使用率を月単位で確認し、入院の患者さんが増えた病棟や、週末にかけてマットレスが不足しそうな病棟のために事前調達しておく―というように、先を見据えた対応がしやすくなりました。
――新しい管理方法が浸透するまでに工夫したことや、今後の課題はありますか。
最初の1カ月間ほどは、新しい運用ルールを周知する機会を多く設けました。現場の看護師と看護アシスタントだけでなく、師長や主任といった上層部にも説明し、院内全体に情報が行き渡るよう努めました。その結果、「マットレスについて何かあれば、パラテクノ社のスタッフに連絡する」という共通認識ができていったのです。
物品管理アプリのさらなる活用、新人スタッフへの教育、看護アシスタント業務の見直しなど、今後着手したいことはまだまだあります。
現在、本アプリを閲覧できるのはパラテクノ社のスタッフと私に限定されているので、他のスタッフも閲覧できるようにしたいと考えています。アプリを介して在庫確認や貸し出し/返却の依頼ができれば、一層の効率化につながるでしょう。
また、マットレス関連の業務を外部委託したがゆえ、新人スタッフの知識が薄れてしまう恐れもあるため、学びの場を設けることも大切だと思います。
そして、マットレスに関する業務が縮小した分、看護アシスタントが患者さんのケアに当たる時間を増やしていく必要があります。ご高齢の方や認知症の患者さんが増加傾向にある今、看護アシスタントが活躍するフィールドをさらに広げていきたいです。
さまざまな課題はありますが、外部委託とDXにより、マットレス関連の業務が大きく前進したことは間違いありません。将来的には、季節の移り変わりや患者数の変動に応じてマットレスの在庫数を調整したり、リースの切り替えや購入のタイミングを見極めたりといった、より高度なデータ活用も考えています。こうした成果が患者さんへのよりよいケアにつながり、褥瘡対策の底上げになることを心から願っています。