
母子ケア
医療をうける子どもたちへのプレパレーション
医療の現場で、幼い子どもたちが医療処置を受けるとき、子どもたちへの説明はどのように行っていますか?
小児を扱う医療機関や施設では、「プレパレーション」と呼ばれる方法を用いて、子どもたちが医療行為を受け入れられるようにサポートをしています。
プレパレーションでは、ケガや病気などの様々な理由によって医療を受ける子どもに対して、治療、検査、手術などの処置についての説明を行い、子どもがそれらの医療行為を十分理解し、心の準備が出来るように導きます。プレパレーションを行うことで、子ども自身が納得して医療行為を受け入れようとする対処能力を引き出すことができます。
子どもたちの「知る権利」を尊重する
子どもの成長の過程では、予防接種や怪我の処置、入院や手術等何らかの医療的な処置を経験します。その時、見知らぬ場所での未知の体験に、子どもが不安になるのは当然のことです。成人の場合は医療者が必ず「インフォームドコンセント」を行いますが、15歳以下の子どもはその対象になっていないのが現状です。しかし、たとえ言葉が完全に理解できなくとも、その子なりに納得できる説明を受ける権利があります。つまり、成人に対するインフォームドコンセントと同じように、このあと「何がおきるのか」を子どもに伝えることは、子どもの基本的人権を尊重することになるのです。
プレパレーションの方法
発達段階に応じたプレパレーション
子どもに医療行為の説明を行う際は、年齢や発達の段階に応じた分かりやすい表現方法で伝え、子どもなりに理解できるよう配慮することが大切です。
子どもの年齢や発達の状況に合った方法を理解するためには、ピアジェによる子どもの認知発達段階の分類が役立ちます。ピアジェの分類では、こどもの認知的発達を段階的に捉えます。
例えば、幼児後期にあたる3~6、7歳は前操作期と呼ばれ、この時期には、子どもがリラックスできるような遊びを利用したプログラムが最適です。例えばぬいぐるみを使ったシュミレーションや、見立てごっこを通したプレパレーションが有効です。まだ言語によるコミュニケーションが完成していないので、「これからどこで何が起きるか」「そのときどんな風になるか」を模型などで視覚的に伝えることがポイントです。
学童期にあたる7~11、12歳までの時期は具体的操作期と呼ばれ、言葉でのコミュニケーション能力も発達し、想像力が豊かな時期なので、紙芝居やビデオなどを使って説明する方法が適しています。
プレパレーションの5段階
プレパレーションは、医療処置前だけではなく、来院する前から帰宅後まで継続的に行います。この全過程を、「プレパレーションの5段階」と呼びます。
プレパレーションの5段階
ステージ1:病院に来る前(親からの情報)
ステージ2:入院・処置のオリエンテーション
ステージ3:プレパレーション・真実に基づく説明
ステージ4:処置中の気を紛らわせるような遊びの介入
ステージ5:処置の後・退院後の遊び
ステージ1では、親が病院という場所についてあらかじめ説明しておきます。説明を受けることで見知らぬ場所や人に対する子どもの警戒心を軽減することができます。ステージ2では、遊びを交えたプログラムで、子どもの心の準備を助けます。ステージ3では、医療処置に関して正確に伝えます。多くの子どもにとっては、処置の理由や方法の説明よりも、「○○の次に、△△をするよ。」「○○のお部屋で、△△をするよ」と、処置の順序や、場所などについての説明の方が、子どもには理解しやすくなります。処置の間は「そばにいるよ」という安心感を与えることも重要です。ステージ4の処置中は、お気に入りのおもちゃを使ったり、一緒に数を数える遊びをしたりして、子どもが落ち着いて処置を乗り越えられるようサポートします。そしてステージ5では、子どもの頑張りをねぎらいます。たとえ1回の採血であったとしても、子どもにとっては大きな出来事です。子どもの想いや、経験したことを前向きに受け入れられるように、子どもの気が済むまで遊びきる機会を与えましょう。このような過程を経ることで、子どもの経験が自信へとつながり、またひとつ成長することができるのです。
プレパレーションを実施する上で大切なポイント
プレパレーションを成功させるには、まずベースとなる子どもとの信頼関係を築くことが大切です。子どもと話すときは目の高さを合わせて、ゆっくりと落ち着いた声で話すようにすると、しっかりと伝わります。そして時には「待ってあげる」ことも必要です。子どもは覚悟を決めるのに時間がかかるので、いざ処置を始めようとすると「待って」と言うことがよくあります。そのような時は決して急かしてはいけないのです。大人とは違う、子どもなりの方法で納得し、乗り越えようとするので、子どものペースや気持ちに配慮して、プレパレーションを進めることが必要です。
プレパレーションの途中で子どもの不安や怖い気持ちが表出してきたときは、それらを否定したり、ごまかしたりせず、感情をそのまま受け入れてあげましょう。子どもの気持ちを受け入れ、待ってあげる経験を繰り返すことによって、子どもの中に安心感が生まれ、信頼関係が築けるようになります。
プレパレーションを行うときは、基本的に保護者の同席のもとで行うと良いでしょう。保護者と医療者がしっかりとした共通認識を持てるだけでなく、保護者自身にとっても分かりやすい説明を受ける機会になります。
プレパレーションを効果的にするその他の工夫
医療者の白衣や、無機質な病室は子どもに緊張を与えてしまいます。キャラクターや柄の入ったユニフォームを着たり、病室の寝具や壁紙を楽しい絵柄にするなど、子どもがリラックスできるような医療環境を用意すると良いでしょう。最近では、医療を受ける子どもとその家族の心に配慮した「チャイルドライフ・デザイン」を、施設の内装やファブリックに取り入れる医療機関も増えています。さらに、医療を受ける子どもとその家族に寄り添い、サポートする専門職「チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CCLS)」が常駐し、医療を受ける子どもと家族のための環境を整えたり、心理的、社会的サポートを行っている医療機関もあります。プレパレーションは、一部の医療者が行うのではなく、医療に関わる全ての人が協力し、子どもをとりまく環境を工夫することでよりその効果を発揮することができます。
子どもの力を信じ、乗り越える力を引き出す
保護者の中には、「子どもに医療の説明をすると怖がらせてしまうのではないか」、「まだ小さいので、説明しても分からないだろう」等の理由で、プレパレーションにネガティブな印象を抱いている人もいます。しかし実際には、プレパレーションで正確な情報を子どもに伝えてあげることで、「何が起こるのかわからない恐怖」を取り除いてあげることが出来るので、子どもなりに納得し、処置を受け入れる覚悟がしやすくなります。保護者は医療処置を乗り越えていく子どもの姿を見て、その子が立派な対処能力を持っていることに初めて気づかされることさえあります。
医療者にとっても、子どもが協力してくれることで、より安全・確実に医療処置を行えるというメリットがありますが、それはあくまでも副次的なものです。プレパレーションは医療行為をスムーズに進めるためのマニュアルではなく、子どもの人権を尊重し、自らの力で未知の経験を乗り越えようとする子どもの成長を支援するものなのです。
