2021.10.05
- クリティカルケア
ICUのベッドサイドには数多くの医療機器が設置されていますが、それらが早期リハビリテーションの妨げになってしまうことがあります。患者さんも医療従事者も動きやすい病室を実現するためには、どんな観点でICUをレイアウトすればいいのでしょう。これからのICUのあり方について、昭和大学病院集中治療科で診療科長を務める小谷透先生にお話を伺いました。
【プロフィール】
昭和大学医学部集中治療医学講座 教授/昭和大学病院集中治療科 診療科長
小谷 透(こたに・とおる)
1985年、慶應義塾大学医学部卒業。1996年、慶應義塾大学病院一般集中治療室 インストラクター就任。米国ノースカロライナ州Duke University Medical Center呼吸器内科 客員研究員、帰国後いくつかの役職を経て、2016年に昭和大学医学部麻酔科学講座 准教授、2019年より現職。
ICUの「柱」となるコラムが医療機器を集約
――貴院では2020年に集中治療機能の改革を行い、スーパーICUを立ち上げたそうですね。
私は2016年に昭和大学病院へ移り、集中治療専従の医師としてICU14床とHCU(高度治療室)16床のベッドコントロールも担ってきました。昭和大学では4つの関連病院で年間2万件ほどの手術を行っていますが、手術を受ける患者さんの高齢化もあり、術後管理の重要性がますます高まっています。
集中治療科が活動し始めたことでICUへの入室数も増加の一途をたどっており、2016年は1600人程度でしたが、2019年には1800人を超える患者さんを受け入れ、ICUの稼働率は90%以上となりました。ICUのベッド数が不足しがちになったことを受けて、「CCU(冠疾患集中治療室)のベッドの一部をICUとして活用してほしい」という要請が病院側からありました。ところが、当時はICUとHCUが中央病棟の6階にある一方、CCUは別棟に位置しており、移動にかなりの時間がかかったのです。医療効率を上げるためには、集中治療スタッフが物理的に集約していることが重要であり、この問題をクリアする必要がありました。
そこで、中央病棟の5階にあった検査部門が地下に移り、その代わりにCCUを入れることで、集中治療の機能を同じ棟の2フロアに集約。5・6階にICUとCCUを統合した計28床のユニットを設けるかたちとなり、患者さんや医療従事者の動線が大幅に改善されました。特に、循環器系の医師と同じユニットで働くことで連携しやすくなったことに大きなメリットを感じています。さらに、5階ユニットは特定集中治療室管理料1(いわゆるスーパーICU)の施設基準をクリアすることができました。こうして当院の集中治療機能はよりパワーアップし、2020年8月に新たなスタートを切ったのです。
――スーパーICU(14床)では「コラムシステム プルゴ」を導入されたそうですが、どのように活用されていますか。
パラマウントベッド社の「コラムシステム プルゴ(以下、コラム)は、各種モニターやエネルギー供給源を集約できるクリティカルケア設備機器です。最大の特徴は細い柱のような形状で、そこに必要な医療機器などをすべて備え付けることができます。例えば、心電図や血圧を測定する生体情報モニター、人工呼吸器とその配管、体液を吸引するための機器、液晶テレビといったものです。血液透析装置やECMO(体外式膜型人工肺)が加わることもありますが、コラム1本で対応可能です。様々な医療機器を1つのコラムに集約できるので、視認性や操作性が向上することが大きなメリットです。
部屋にはシンプルに1本のコラムが立っています。その周囲であればベッドを自在に配置できるので、「患者さんが窓の外を見やすいように移動させよう」といった調整もすぐにできます。実際には、患者さんの頭側、左右どちらかの側面にコラムが位置することが多く、それ以外のところでは余裕を持ってスペースを確保できるイメージです。たくさんの医療機器がベッドを囲んでいる従来のICUでは、患者さんが圧迫感を受けやすく、スタッフの動きも阻害しやすいという課題がありました。コラムを導入することで、こうした課題を一挙に解決することができたのです。
「どこまでも歩いていける環境」が早期の社会復帰につながる
――コラムがICUでのリハビリテーションにもたらす影響について教えてください。
当院では早期リハビリテーションを重視しており、たとえ気管挿管して人工呼吸器につながれた状態でも、完全に寝たきりの状態にはしません。患者さんの状態によっては、そのまま歩行訓練を始めるケースも珍しくないです。従来のシーリングペンダントでは、人工呼吸器などが固定されているため、配管の届く範囲でしか移動できませんでした。また、シーリングペンダント自体が動くので、医療機器のコードの余長を長く取らざるを得ず、ペンダントの可動域にも制限があるため、長いコードが床を這う状況は改善されませんでした。床にコードが這っていると、スタッフ、患者さん共に動きにくいですし、床は不潔エリアなので、コードが汚染されてしまいます。コラムの場合は床に固定されていますから、ベッドや人工呼吸器はケアのしやすい位置に自然と決まり、コラムのすぐ横に置かれるのでコードが床を這うことはありません。また、機器の取り外しが極めて容易です。コラムは常に同じ場所にあり、取り外す機器の位置も常に一定であり、取り外す作用によって、コラム自体が機器と一緒に揺れ動くことがないからです。例えば生体情報モニター本体は近年小型化されており、ディスプレイだけを視認性の良い位置に設置し、離床する際にはバッテリー駆動する機器本体をコラムから引き抜いて使用すれば良いので、2時間程までの離床なら実にスムーズに実施できます。コラム自体が動かないことで、実は患者さんの離床を促す環境が向上したのです。
コラムに合わせて他の設備にも早期離床のコンセプトが反映されています。当院のICUの扉は引き戸ですが、引いた扉を開き戸として開けることができます。普通の出入り口の倍の大きさに開くのです。患者さんが部屋から出るときに何のトラブルもなく、何の困難もなく、すっと出られる。患者さんはドレーンとかいろんな物が体に付いた状態で歩きますから、引っかかったら大変なことになります。障害物があると気になるので、それができる限りない状態を作ります。過剰とも思えるくらいに出入口を大きくすることで、患者さんが不安なくすっと歩けます。
その人にとって必要な機器をガートル台などに移せば、どこまでも自由に歩いていくことができる――。このことが、スーパーICUを新設するにあたって絶対に実現したいことの一つでした。実際、早期リハビリテーションの可能性が大幅に広がったことはもちろん、検査のため移動するときも非常にスムーズです。現在では、ICUにおいても、退院後の生活を見据えて早期から機能訓練を開始することが当たり前になりつつあります。そうした意味でも、コラムを導入する意義は大きいといえるでしょう。
――それだけ早期の段階から患者さんを動かすことに、どんなメリットがあるのでしょうか。
人間の筋肉は、3日間使わなければ退化が始まります。たとえ若い人でも、10日間も臥床し続ければ、何かにつかまらないと立ち上がることさえ困難になるでしょう。高齢であればなおさらです。ICUにいる患者さんは、食事摂取が困難であることが多く、一時的に栄養不足の状態になりがちです。そこで、生きるために自らの筋肉を「破壊」してエネルギーを作り出そうとするのですが、優先的に「破壊」されるのが「そのとき使っていない筋肉」なのです。寝たきりの状態では脊柱支持筋などがどんどん弱っていき、退院しても日常生活に復帰することが難しくなってしまいます。
かつては「命を助けるためにはADLが犠牲になっても仕方ない」という考え方が主流でしたが、それでは「家に帰れない人」をどんどん生み出してしまうことになりかねません。入院が長引いたり転院を繰り返したりすれば医療費がかさみますから、国民皆保険制度を維持するためにも社会復帰は重要であり、国も診療報酬の加算を設定して後押ししてきました。ICUは生命の危機に瀕した人を救う場所ですが、最終的なゴールは元通りの生活に戻すこと。だからこそ、患者さんの状態が一定の状態まで回復したら、できるだけ速やかに早期リハビリテーションを開始する必要があるのです。
「成功体験」を重ねられる早期リハビリテーション
――コラムを導入したことで、患者さんのメンタル面に変化を感じることはありますか。
集中治療専従の医師として、大きなプラスの変化があると感じています。ずらりと並んだ医療機器から受ける圧迫感が大幅に軽減されることに加えて、配線が整理されてフロア表面がすっきりしたことで、早期リハビリテーションを始めやすくなりました。足元がふらついている重症患者が歩こうとするとき、地面に邪魔なものがないほうがいいのは当然のことです。また、ドレーンなどが身体に入ったまま動くわけですから、少しでも障害物があれば患者さんは恐怖を感じ不安になります。コラムがあれば「配線につまずく」という危険性を排除でき、患者さんは安心して最初の一歩を踏み出すことができるのです。
集中治療というと「医療従事者が患者さんの命を助ける」というイメージが強いかもしれませんが、本質的には「患者さんの治る力を見極めて必要な支援を行う」場です。だからこそ、本人には治療に対して前向きになってもらい、リハビリテーションにも積極的に取り組んでもらうことが欠かせません。そこで、当院のICUでは「成功体験」を大切にしています。慣れないうちは誰でも不安感が強いので、スモールステップで自信を付けてもらい、「自分の力でできた!」という実感を積み重ねてもらいます。最初は全面的にサポートが必要だった人に対しても、できるだけ早く支援の手を減らしていくことが望ましいわけですから、集中治療の要諦は医療の介入を「削る」ことにあるのかもしれません。
――ICUスタッフの動線は、コラムの導入でどのように改善されたでしょうか。
従来であればICU入室中の患者さんの頭部周辺は医療機器が過密になっているエリアで、医師や看護師が立ち入れないデッドスペースになりがちでした。しかし、コラムを導入したことでフリースペースが増え、医療従事者の動けるエリアが大幅に広がり、特に頭側へのアクセスが改善しました。患者さんが急変して気管挿管するようなケースでも、動線とケアスペースが確保されているため非常にスムーズです。
「患者さんが必ずしもベッド上にいないICU」というのは、少なくとも20年前には考えられなかった集中治療のあり方です。しかし、これからはICUでも患者さんが動くことが当たり前になっていき、室内のレイアウトも早期リハビリテーションを想定して設計される必要があります。シンプルな「柱」一つで必要な機能をすべて集約できるコラムは、新時代のICUを形作る上で大きな役割を果たしてくれるに違いありません。