命を救う腹臥位療法 ~社会復帰の実現に向けて~

2021.05.14

  • クリティカルケア
#製品活用事例 #症例 #オピニオンリーダーインタビュー
小谷 透先生

ARDS診療ガイドライン2016」より、中等症および重症例のARDS(急性呼吸窮迫症候群)に対する呼吸管理戦略のオプションとして、「腹臥位療法」の提案が新たに加わりました。腹臥位療法と、それを支援する機器の活用について、昭和大学病院集中治療科で診療科長を務める小谷透先生にお話を伺いました。

【プロフィール】

昭和大学医学部集中治療医学講座 教授/昭和大学病院集中治療科 診療科長

小谷 透(こたに・とおる)

1985年、慶應義塾大学医学部卒業。1996年、慶應義塾大学病院一般集中治療室インストラクター就任。2000年米国ノースカロライナ州Duke University Medical Center呼吸器内科客員研究員。2003年から東京女子医科大学麻酔科勤務を経て2016年に昭和大学医学部麻酔科学講座准教授、2019年より現職。

腹臥位療法と肺保護的換気法

——重症ARDS患者に対する腹臥位療法のメリットをお聞かせください。

 腹臥位療法は、呼吸のために行う治療法です。ARDSは肺水腫になり、肺の血管の中から水分が外に漏れて、肺が大量の水を含んだスポンジのようになります。仰臥位では漏れた水は重力で背中側にたまっていきます。水嵩が胸郭の断面で背骨の高さを超えるぐらいまで達すると、酸素をほとんど取り込めなくなります。

  肺という臓器は、お腹側と背中側で組織構造が違います。背中側の方にガス交換をする肺胞や血管が集中しています。ですから背中側の肺が水浸しになり潰れると、より低酸素がひどくなるのです。腹臥位療法を行うと、水は背中側からお腹側に移動するので必ず酸素化はよくなります。重症ARDSの患者は酸素の取り込み能力が5分の1ぐらいまで下がる病気ですが、腹臥位にするだけで半分ぐらいまで酸素を取り込む能力が戻ることもあります。それぐらい劇的に酸素化が良くなる治療法だということが腹臥位を勧める根拠です。

 ところが、過去に臨床研究をしてみたところ、酸素化は期待通り改善しましたが、なんと死亡率は改善しなかったのです。そこで再検討されたのが、腹臥位のもう一つの効果である肺保護作用です。ARDSの患者さんを人工呼吸すると、人工呼吸により肺が傷むという、人工呼吸器関連肺傷害(ventilator induced lung injury, VILI)の存在はすでに動物研究で実証されていました。そして、VILIの臨床でのインパクトは、2000年にARDS networkにより発表されたARMA Studyという研究で確認されました。VILIを防止する人工呼吸器設定で死亡率が有意に下がったのです。ですから今では徹底的にVILIを防止する治療法を行っています。しかし、過去の腹臥位療法では、VILIの予防効果に重きが置かれていませんでした。腹臥位中に肺保護的人工呼吸療法を徹底すると、死亡率がARMA studyよりも大きく改善するという結果が2013年にPROSEVA Study Groupから報告されました。つまり、腹臥位療法は肺保護療法の1つであり、腹臥位療法と肺保護換気の組み合わせが重要だったのです。

 私が今、臨床研究していることなのですが、腹臥位で換気すると、背中側の肺胞がより多く換気に携われるようになり、換気で取り込まれたガスがより多くの肺胞に分配されて個々の肺胞当たりの換気量が小さくなることが分かってきました。先程の話の通り、お腹側と背中側でガスが分布する様子も違っていて、ARDSでは背中側を上にして空気を入れてあげたほうが、お腹側を上に空気を入れるよりも、より小さい換気量が、上手く広く分配され肺保護につながるということがわかってきました。

  肺をいかに保護しながら治療をするかというのが、ARDSの1番大事なところですけど、それが腹臥位療法だとやりやすいということがわかっています。数字で言うと、2000年のARMA Studyでは肺保護をしない人工呼吸での死亡率が40%であったのに対し、理想体重をもとに1回換気量を設定した群の死亡率は31%でした。2013年のPROSEVA Study Groupの研究では、28日後死亡率は腹臥位療法群で16%、仰臥位群で32.8%、90日後死亡率は腹臥位療法群で23.6%、仰臥位群で41.0%でした。

なぜ腹臥位療法が普及してこなかったのか?

——マンパワーの問題でしょうか?

 酸素化能が3分の1以下に低下した重症ARDSの患者さんでさえ、2016年の段階で、腹臥位を受けた人が数%しかいないのです。やったほうがいいとわかっていても、みんなできない理由があるから、プローナーを作る必要があったのです。

 呼吸器不全の患者さんは、高齢で首や肩などの関節がかたくて腹臥位にするには個々人に応じたあて枕が必要になります。しかし、患者に合わせて枕をその都度作るのは大変な負担になります。加えて、現在では腹臥位は最低12時間、当院では16時間継続することとしていますので、その間に重力の影響で枕が変形し患者の体が微妙にずれていきます。ずれがひどくなれば、枕を作り直して、患者さんを持ち上げて枕を入れ替えることが必要となります。これはスタッフにとって大変な負担です。理想的には、腹臥位にしたら体位がずれない安定性が必要なのです。

 また、肥満患者を腹臥位にすると、腹部が圧迫されます。その圧力は、骨盤があるのでお尻側にはかからず、頭側(横隔膜側)に向かいます。肺の損傷を防ぎながら換気を改善するために腹臥位にしているにもかかわらず、腹側からの圧迫により肺のストレスを増やすことになるのです。したがって、十分に体を持ち上げて腹圧を逃がす必要があります。そのためにはかなりの高さの枕が必要で、それを毎回手作りするのはとても大変です。

 まとめると、関節可動域制限がある高齢者と肥満患者を腹臥位にする際には体位を安定させるためのプローナーが必要となります。すべての患者に必要ということではなく、プローナーが無ければ腹臥位を安全に安心してできない患者がいるということです。

腹臥位療法の実際

——臨床現場で求められる腹臥位の工夫とは、どのようなものでしょうか?

 当院では、「イージープローン」というプローナーを使用しています。プローナーは前胸部と足の付け根の股関節の4点で体重を支えるので、その部位の褥瘡リスクが高まります。したがって、その部分のクッションは硬すぎず、柔らかすぎず、重さに対して強くて復元力があり、体重に応じてかなりの高さがある素材とするなどの工夫が必要となります。また、接触感染対策として、汗を拭く、洗うことができ、例えばCOVID-19患者の方が使った後には取り外して消毒できるようでなければいけません。また、125キロまでは腹臥位はやりましょうという話なので、100キロ以上の人を支えられる強度がないといけない。しかも腹臥位にするときにはプローナーごと患者を抱えます。そのため、重量は軽い方がよいのですが、同時に非常に高い強度も求められます。首も顔を支えなければいけない。患者による体の部位の位置関係の違い、頸部の関節の硬さも違うので、顔を支える装置の位置はあらゆるバリエーションを考えなければならない。お年寄りには亀背の方もいます。実際に臨床現場で使う状況を考えると、非常に多くの制約や要求が出てきます。それらをうまく解決できるよう、メーカーには要望を出しました。

どのような患者に腹臥位療法が実施されているのか?

——今、どのような場面で「イージープローン」が使われることが多いのでしょうか?

 COVID-19は、腹臥位療法が大きな効果を発揮する病気の1つです。最大6人患者が入りましたが、ある日は3人同時に腹臥位にしていました。日中に各種検査などを実施し、夕方から翌朝まで腹臥位にしています。COVID-19患者は面会ができませんが、基本的にご家族との面会に配慮して、夜間に腹臥位を実施します。場合によっては、筋弛緩剤を投与して16時間の腹臥位を継続します。COVID-19は肺保護戦略を上手に実施し長期の持久戦を耐え抜けば、肺の構造にはダメージをあまり残さず、ウイルスさえいなくなれば元の肺に戻せる病気です。肺保護が必要な、特に重症の患者でイージープローンは使われています。

小谷様

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