千葉県成田市南部にある成田赤十字病院は、地域の救急医療・急性期医療を支える中核病院です。同院では重症患者への対応を強化すべく救急病棟の改修に着手し、2021年5月末、新HCUを完成させました。HCUとはHigh Care Unitの略で、一般病棟とICUの中間に位置する病床を言います。
パラマウントベッドは、この改修プロジェクトに構想段階から参画させていただき、臨床を担当する方々のご要望を計画に反映させるための調整と実践を担当しました。
改修を牽引された中西加寿也先生に、改修前の問題点や、改修する際に工夫した点などについてお話をうかがいました。
【プロフィール】
副院長・第一救急集中治療科部長・救命救急センター長
中西 加寿也
日赤災害医療コーディネーターであり、15年余り災害救護に関わっている。千葉大学卒業後、千葉大学第二外科(現・先端応用外科)に入局。千葉大学医学部附属病院、千葉県がんセンターなどを経て、1990年千葉大学医学部附属病院救急部・集中治療部に勤務。Johns Hopkins Universityへの留学をはさみ現職。
HCU改修のポイントは、スペース、動線、視認性の確保
――改修前、どんなことにお困りだったのでしょうか?
もともとここは、HCUとして作られた病室ではなかったため、重症患者を診るときに必要なモニタリングシステムがしっかりと機能するような構造になっていませんでした。ですから、おもに看護師が患者さんの変化に気づきやすいような視認性の確保と、スタッフステーションから病室に至る動線の改善が課題でした。また、患者さんのプライバシー確保という課題もありました。
まずはスタッフステーションの有効活用や動線の改善、視認性の確保を重視して進めていくことにしました。
――そうした課題をどのように解決していったのでしょうか?
私たちは建築の専門家ではないので、どう改修すれば課題が解決できるかがよくわかりませんでした。その部分をパラマウントベッド社がカバーしてくれました。
まずパラマウントベッド社が、改修プランの平面図を作ってくれたのですが、私たちには具体的なイメージがわきませんでした。そこで、「誰にでも分かるようにしてもらえないか」とお願いしました。建築する側は専門家としてのイメージをお持ちでしょうから、彼らのイメージと医療の専門家であるわれわれの持つイメージのズレを無くしていくことが大事だと思ったからです。
――どのようにしてイメージ共有をしていったのでしょうか?
図面を3Dパースにしてもらいました。3Dパースは、完成形がとてもイメージしやすかったので、これを見ながら、私を含めた医師、看護師、事務の職員たちと現実的・建設的な話ができました。
これまで、ベッド間をカーテンで仕切っていたのですが、患者さんのプライバシーの問題がありました。HCUの患者さんは意識のある人も多いので、プライバシーへの配慮も必要だろうと話し合い、当初は折りたたみ式のパーティションを設置しようと考えていました。
しかし、3Dパースを見ると、今度は視認性の問題に気が付きました。看護師の身長によっては、パーティションを閉めると、患者さんの頭側にあるモニターが見えなくなってしまう。そこで折りたたみ式と併用して、視線を遮ったり、通したりすることができる調光機能付きの窓を取り付けたハードパーティションを採用しました。これは平面図だけではイメージできなかったことだと思います。
ただ、利用できる床面積が限られていたため、部屋の端の方にはカーテンを使用することにしました。限られたスペースに必要な病床数を確保するために仕方のないことでした。
イメージを固めるために役立った「メディカル・デザイン・スタジオ東京」
――加えて、「メディカル・デザイン・スタジオ東京」でイメージを固めていかれたとうかがいました。
はい。大まかに3Dパースでイメージできたとはいえ、実際の診療や看護のシーンで問題なく動けるスペースなのか? という不安はありました。
そこで「メディカル・デザイン・スタジオ東京」に、案内していただきました。実際の医療現場を再現したような施設で、パーティションを置いたらどうなるかなど、サイズ感やスペースが気になる部分を実際に体感し確認できるようになっていました。
――実際に機器が置かれた場合の検証を行うことができたのですね。
3Dパースだけでははっきりしないこと、たとえばハードパーティションの窓からの見え方については、規定の窓の高さだと、「身長何センチの人の場合には窓はあと10センチ低いほうがいい」とか、あるいは「窓の位置そのものを患者さんの頭側に広げたほうが見やすい」などということを確かめながら微調整し、実際の改修に落とし込んでいきました。
――かなり細かく決めていかれたのですね。
もともと潤沢にスペースがあるわけではないので、どこを切り詰めていくかはとても重要です。病床を減らさずにスムーズな診療・看護ができるよう、ベッドごとに5センチ、10センチ単位でスペースを考えました。実寸で再現できるスタジオがあってこそできたことだと思います。
たとえばベッドサイドには、患者さんの尿量を測るためのバッグが吊るされています。そこに看護師がしゃがみこんで計測するのですが、スペースが狭すぎるとしゃがめないかあるいは身体のバランスを崩してしまいます。どのくらいの間隔があれば作業ができるかなど、実際に試して検証しました。
――理想のHCUを実現するために工夫された点はありますか?
「こんなはずじゃなかった」とならないために工夫したことはあります。
- 平面図に書かれている内容の可視化
- 医療従事者・建築関係者間のコミュニケーションの円滑化
- 両者間での課題の共有
- 両者で課題への解決策を議論し合意を形成
この4つを意識しました。
同じ分野の専門家同士だと簡単に伝わることでも、分野が違うと伝わらないことも多いため、「通訳」のような存在が必要だと思います。
今回はパラマウントベッド社の方々が、その役割を果たしてくださいました。
さまざまな機能を一極集中した「コラムシステム プルゴ」を採用
――では、完成したHCUの概要や特徴、とくに気に入っている点を教えて下さい。
今回、「コラムシステム プルゴ」を取り入れました。これは縦型コラムに各種モニターや機器へのエネルギー供給源を集約するものです。おかげで床を這うケーブルが大変少なくなりました。
ケーブルが床を這っていると、つまずいてコンセントが抜けたり、ケーブルの上をベッドなどが通ることで断線しやすくなったりします。さらにコンセントに差し込んでいるプラグの部分とコードの部分の境目のあたりが傷んでくると漏電も気になりますが、こうした懸念がなくなったと思います。
「プルゴ」には医療用ガスなどが入っていて、ベンチレーター用の酸素供給もできます。とくに皆が重宝しているのは、LEDライトです。今まで、ライトが必要なときにどこかから持ってきたり、懐中電灯で照らしたりしていましたが、その不便さも解消されました。
ですから、限られたスペースが有効活用できるようになっただけではなく、医師や看護師の作業効率もあがりました。
「プルゴ」は、デザイン的にも非常にシンプルであまり圧迫感がない。そして「プルゴ」を導入したことによって、床がすっきりしたところが気に入っています。
――視認性についてはいかがでしょうか?
格段に向上しました。今回導入したハードパーティションには、電気式の調光機能を持った窓を埋め込んでいます。スイッチひとつでくもりガラス状にも、透明ガラス状にもできる窓です。
以前は、患者さんの様子を見るために、一度廊下に出てから部屋に入り直さなければならなかったのですが、透明ガラス状にすれば、スタッフステーションから患者さんの様子を確認することができます。くもりガラスにすれば患者さんのプライバシーも保たれます。
しかし一部はハードパーティションだけではまかないきれない部分があり、そこには折りたたみ式パーティションを使いました。この点についても、「メディカル・デザイン・スタジオ東京」で高さなど視認性についての確認を行い、調整しました。
看護師からは、「患者さんに目が届きやすい」「重症患者をケアするにあたっての不安が少なくなった」という感想が出ています。
また、以前は異常があったときに知らせるのはアラーム音だけでした。今はハードパーティションの窓越しに患者さんの体の動きなどが見えて、様子を確認しながら引き戸を開けて近寄っていけるので、格段に動線が良くなりました。
――パーティションが無色ではなく色や模様がついていますが、これも先生のご意見ですか?
これは、パラマウントベッド社に提案していただきました。
色やデザインを使うという発想は私にはなくて、機能性を重視し、色については白と黒のモノトーンにすればそれでいいと思っていました。
しかしプレゼンテーションのときに、パラマウント社のデザイナーさんに色の使い方を提案されて「ああ、そういうことも許されるのか」と目からウロコが落ちる思いでした。あの提案がなければ、モノトーンの無機質なままだったと思います。
色合いや組み合わせなどを考えるときに、3Dパースがとても参考になりました。床が2色になっているのですが、帯状にやや紫がかったブルーの線が入っており、これはデザインとしてだけではなく、意識の上での境目を意味しています。エリアのおおまかな区分のようなものです。感染症の患者さんが入られたときにはとても大事で、心理的なパーティションのような役割を果たしてくれています。
――空間にやさしい色合いがあることは、患者さんにとっても良い効果がありそうですね。
そうだと思います。たとえば、夜の公園の明かりが赤っぽい色だと事件が増えるとか、ブルーっぽい色にすると事件が減るとかという話もあります。
HCUは、ブルーを基調としました。うっすらと意識が戻ってきた患者さんが、落ち着くような色になったかなと思います。働くスタッフにも良い影響が出ている気がします。疲労度が軽減する、気持ちが落ち着く、気分がいいという感想が出ています。
また、パラマウントベッド社から提案していただき、壁を木目調にしました。こちらも非常に好評です。
――これからHCUの改修や整備を考えている医療関係者の方に向けてアドバイスをお願いします。
反省点をお伝えして、それがアドバイスになればよいと思います。1つは折りたたみ式パーティションについての心配です。折りたたみ式パーティションは、片側を固定し、片側は固定せず伸ばしたり畳んだりします。もし大地震が起きたとき、折りたたみパーティションが、どういう動きをするのか、気になっています。
また、左右どちらを固定するかによって、患者のケアに関わる看護師の動線が変わってしまいますので、そこをもう少し考えるべきだったかなと思っています。
今回、私たちは「患者さんの意識が戻った瞬間に、ホッとできるような環境を作りたい」という思いで改修しました。とくにHCUの場合は、ICUとはまた別で、自分がどうなるか不安にさいなまれている患者さんもおられるでしょう。そういう患者さんが少しでも安心できる、穏やかないい景色を作れれば良いかなと思います。機能はもちろん重要ですが、機能一点張りでなくてもいいかもしれないと思います。
改修によって、これまで以上の役割を果たせるように
――最後に、先生ご自身のご感想をお聞かせください。
当院にはICUがありますが、ICUが満杯になってしまうこともあり、重症患者さんを受けられず苦しいこともありました。「HCUが整備できていれば」と、何度思ったかしれません。
ようやく改修に着手したときにコロナ禍となり、この時期にやっていいものか悩みました。病院の幹部とも相談し「今しかないだろう」という判断で、踏み切ったのです。結果的に2021年5月に改修が終わり、第5波に間に合いました。もしHCUが完成していなかったら、コロナの重症患者がICUに入り、ICUの病床制限をする中で、一般救急をかなり犠牲にしていたのではないかと思っています。HCUが完成したことで、コロナの対応と通常の救急患者の両方に対応することができました。
これで、これまで以上に地域の中核病院としての役割を果たせるようになるのかなと思います。