新しいプレパレーションツール「ぷれパレット」開発秘話

患児に対するプレパレーション(治療内容などの説明)は、本人が納得して治療に臨むために、安全かつスムーズな医療行為を実現するために、極めて重要なものだと考えられています。しかし、現場のニーズにマッチしたツールはまだまだ少なく、発展の余地が残されているのも確か。そこで、パラマウントベッドとNPO法人チア・アートがタッグを組み、プレパレーションツール「ぷれパレット」を生み出しました。開発の経緯や込められた思いについて、NPO法人チア・アート理事長の岩田祐佳梨さんにお話を伺いました。

【プロフィール】
岩田祐佳梨(いわた・ゆかり)
NPO法人チア・アート理事長
2006年より筑波大学附属病院でアート・デザイン活動を始め、2011年より筑波メディカルセンター病院のアートコーディネーター就任。2017年、筑波大学人間総合科学研究科博士号(デザイン学)取得。同年にNPO法人チア・アートを設立し、理事長就任。日本工業大学建築学部生活環境学科非常勤講師。2018~2019年、東京工芸大学工学部建築学科助手。


■飾り立てるのではなく、思いを表現できる空間作りを

――まずは、チア・アートが医療現場を舞台にアート活動を展開している背景について教えてください。

そもそもの出発点は、筑波大学の名誉教授であり、チア・アートの理事でもある蓮見孝先生が「芸術分野と医療分野で協働し、新しいことを提案していきたい」という思いを抱いだこと。2002年に「筑波ユニバーサルデザイン研究会(.tud)」という有志団体が学内で立ち上がり、筑波大学附属病院を舞台としたアートやデザインの活動が少しずつ始まっていきました。2005年には「大学を開くアートデザインプロデュース演習」という授業の一環として、筑波大学附属病院や筑波メディカルセンター病院を舞台に学生チームが主体となったプロジェクトもスタートしました。こうした取り組みが母体となり、2017年に産声を上げたのがNPO法人チア・アートです。

医療機関におけるアート活動を円滑に進めるためには、アートコーディネーターの存在が欠かせません。医療従事者が使う言葉はとても専門性が高い上、組織も複雑。もちろん、安全性にも配慮しなければなりません。逆に、アート分野の専門用語や考え方は、医療従事者にとってなじみの薄いものです。そこで、両者の橋渡しをするのがアートコーディネーター。それぞれの言葉を「翻訳」し、必要なプロセスを明確にすることで、より質の高い取り組みを実現できるようになります。

――アートやデザインの視点が医療現場に入ることには、どのような意義があるのでしょうか。

私たちの活動の中心となるのは、医療現場をより良くするための空間作りを提案することです。といっても、表層的に飾り立てるという意味ではありません。その医療機関が提供したいケアやホスピタリティーのあり方が、しっかりと空間に表れるようにすることが大切です。そのためには、スタッフにヒアリングしたり、現場を調査したりするプロセスが必須。関係者の思いを正確に把握するだけでなく、隠れたニーズを引き出すことにもつながっていきます。

このとき、決して「患者さん目線」を忘れてはなりません。医療従事者といえども、常に患者さんの体験を追っているわけではないので、本質的な課題が見えにくくなっていることもあります。例えば、筑波メディカルセンター病院のエントランスを改修したとき、当初は「車を待つ患者さんが多いから、外が見えるような椅子を設置しよう」と考えられていました。しかし、実際にエントランスを観察して患者さんの行動を分析してみると、診察の前に荷物を整理したり、ちょっとだけ休憩できたりするスペースが求められていると分かり、改修の方向性を修正したのです。医療制度、安全性、コストの問題などを加味しつつも、最適なあり方を探るため皆でイノベーションを起こす――。チア・アートの活動は、このように表現することもできそうですね。

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■多くの看護師が苦戦するプレパレーションの現実

――2018年4月からは、パラマウントベッドとの共同研究「子どもの療養環境改善のための支援ツールの開発」が始まりましたね。

きっかけは、パラマウントベッドのデザイン部の方と、当法人の理事が知り合いだったことです。「医療環境改善の一助になりたい」という思いが一致し、共同研究が始まりました。小児医療に焦点を合わせること以外の具体的な方向性は定まっていなかったので、まずは徹底的なリサーチから入ることにしました。それまでのアートコーディネーターとしての活動と同じように、「まだ注目されていないけれど潜在的に問題となっていること」を丁寧に探っていったのです。勉強会を定期的に開いたり、国立成育医療研究センターのチャイルドライフスペシャリストを招いてレクチャーを受けたりすること約半年。そうして私たちがたどり着いたのがプレパレーションでした。

――小児医療の現場で、プレパレーションはどのような役割を担っているのでしょうか。

患児を相手に、各自の目線に合わせて治療などの内容や目的を説明するのがプレパレーションです。本人が十分に納得してから医療を受けることで、厳しい試練を乗り越えやすくなり、自尊心を保つことにもつながります。しかし、プレパレーションの専門家でもあるチャイルドライフスペシャリストは国内にわずか40人ほどしか存在せず、大多数の医療機関では看護師がその役割を担っています。

多忙を極める看護業務の合間を縫って、プレパレーションのために時間を割くのは容易なことではありません。また、個々のやり方で患児へ向き合っているものの、ノウハウがなかなか蓄積されず、苦戦している現場も多いのが現状です。そこで、簡単に使用できて、質の高いプレパレーションを実現できるツールの開発に目標を定めたのです。

 

■機動性と自由度を両立、しかもコンパクトに

――これまでのプレパレーションツールには、どのような課題がありましたか。

多くの医療機関で一般的に行われているのは、人形やぬいぐるみを用いて、注射をしたり包帯を巻いたりして見せる方法です。しかし、人形やぬいぐるみは「小さな女の子の遊び」というイメージが強く、男の子や小学生以上の患児には受け入れづらいものでした。

年齢が高い患児向けに、ドールハウスの病院版のようなツールもあるのですが、かさばるため持ち運びが難しい。しかも各パーツがバラバラになりやすいため、スタッフステーションの「飾り」になっている病院もあることが現場の声から分かりました。また、絵本やデジタルツールの多くはフォーマットが決まっており、個別性の高い場面の説明がしづらいという難点もありますが、だからといって一から手作りするのは大変です。こうした既存のツールが抱える課題を踏まえて、私たちが開発に挑んだのが「ぷれパレット」なのです。

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――共同研究の開始からおよそ2年、最新版が完成した「ぷれパレット」ですが、どのような特徴があるか教えてください。

最大の特徴は、立体的なドールハウス型のツールでありながら、かさばらずちょっとしたすき間に収納できること。患児のベッドサイドまで気軽に持っていき、飛び出す絵本のように開くだけで、すぐに使用することができます。

3種類(手術室、検査室、処置室)の背景カード、男の子/女の子(各2体ずつ)の人物パーツ、14種類の医療アイテムパーツ(パルスオキシメーター、注射器、畜尿バッグ、ストレッチャーなど)があり、必要なものだけをジグソーパズルのようにはめたり外したりできます。楽しさ、コンパクトさ、機動性、自由度といった点がポイントです。

パラマウントベッドが主にデザインを、チア・アートが主にチャイルドライフスペシャリストや看護師など医療従事者へのヒアリングを担当し、試作段階から少しずつ改良を重ねていきました。そして、最終的なモニタリングとして、2019年10~12月の2か月間にわたり、国立成育医療研究センターで働く3人のチャイルドライフスペシャリストに試用していただきました。

(パラマウントベッド デザイン部:)現場から指摘があった「患児の入室時は手術台の電気が点いていない」「呼吸器のマスクにはゴムが付いている」といった細かな指摘は、医療アイテムパーツへ忠実に反映して、さらに改良を行ないました。できるだけ現実と齟齬がないイラストにすることで、実際に治療へ臨む患児の戸惑いを軽減することにつながるからです。

 

■「可愛すぎない可愛さ」が子どもの心をつかむ


――デザインについては、どのような部分に苦労がありましたか。

(パラマウントベッド デザイン部:)私たちが最も力を注いだのは、人物パーツのテイスト。可愛くないのはもちろん、可愛すぎるのもNGというのが難しいところです。特に男の子は可愛い絵というだけで拒否反応を示すケースが多いため、表情や体付きを含めて違和感を持たれにくいイラストであることが大切です。

そこで、子どもたちに人気のアニメキャラクターなどを分析しながら、より幅広い年齢層に受け入れられる造形を追求していきました。結果的に、3~7歳くらいの子どもが共感しやすい、約4頭身のキャラクターデザインに仕上がったのです。モニタリングに協力いただいたチャイルドライフスペシャリストからは、「パズルのようで子どもたちの食い付きがいい」「ちょうどいいイラストが興味を引く」といった前向きな評価を頂きました。

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――「ぷれパレット」の今後の展望について聞かせてください。

机がある場所でプレパレーションを行う時には問題はないのですが、机がない場所で膝の上に乗せて行う場合にはパーツがばらけて使いづらいことが、モニタリングで判明しました。また、病院ごとに医療機器や空間の個別性が高いため、どのパーツを用意すべきかの判断も非常に難しく、改良の余地があると考えています。

2020年9年開催予定の日本小児看護学会(オンライン)で、最新版が案内される見通しです。2019年の同学会で参考出品した際は、来場した看護師の皆さんから非常に好評で、「ぷれパレットは現場で使えそうですか?」という質問に94%の方から「使えそう」と回答がありました。今後、パラマウントベッドから興味を持っていただいた医療機関へ、最新版を無償提供する仕組みが作られます。使用感などフィードバックしてもらうことで、継続的にバージョンアップされるというものです。

デザインには「もっとこうしたい!」という気持ちを引き出す力もあります。「ぷれパレット」が患児の心をサポートする一助となることはもちろん、多くのチャイルドライフスペシャリストや看護師に参画してもらい、小児医療のこれからを議論するツールにもなればと、期待しています。

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