
母子ケア
産後ケア施設の意義と現状
「産後ケア施設(センター)」とは、産後の母体と乳児のケアをしながら、育児に関する学びや相談などのサービスを提供する施設のことです。出産をすると、多くの場合は分娩施設を退院後、家庭に戻って赤ちゃんとの生活がスタートします。しかし、社会の高齢化や核家族化が進む近年、出産経験のあるシニア世代や親族のサポートを受けずに出産・育児をするケースは少なくありません。また、さまざまな事情によって、周囲に頼る、育児に関する教育を受けるといった機会がないケースもあり、産後の母子の孤立が危惧されています。母子が安心・安全な環境のなかで、赤ちゃんとの生活をスタートできるように、包括的なケアを提供しているのが、産後ケア施設です。
産後ケア施設とは
産後ケア施設は、出産直後から4か月ごろまでを目安とした母子に対して、母親の身体的・心理的回復を促進し、母子とその家族がすこやかな育児ができるように支援するための施設です。地域によっては「産後ケアセンター」と呼ばれることもあります。産後ケア施設は、母親自身による育児を尊重し、赤ちゃんとの新しい生活のなかでの不安や困りごと、赤ちゃんとの生活リズムづくりに関する相談を受けてアドバイスを提供するなど、産後育児にかかわる包括的なサポートを提供しています。
産後ケア施設は、地域の市区町村が主体となって運営されます。すべてのサービスを行政が提供している形態、民営の施設との連携あるいは業務委託によりサービスを提供している形態など、地域によって運営形態はさまざまです。2014年、厚生労働省は少子化対策の一環として、「地域における切れ目ない妊娠・出産支援の強化」を掲げました。国が出産年齢の女性に対する情報・環境・支援の推進を発信したことを受け、各自治体主導の産後ケア施設やサービスの提供が広がりをみせています。
産後ケア施設のサービス内容
産後ケア施設では、助産師や保健師などの専門職を中心としたスタッフがサービスを提供しています。産後の母親と赤ちゃんは、医療的アドバイスや治療行為を除く、育児に関する包括的なサポートを受けられるのです。
産後ケアのサービス形態はおもに3種類
産後ケアに関するサービスのおもな形態は、宿泊型、デイサービス(個別または集団)、アウトリーチ型の3種類です。
・ 宿泊型…産後の母子が施設に宿泊しながらサービスを受けます。個室を利用できる施設や長期滞在を受け入れている施設もあります。
・ デイサービス型(個別または集団)…施設に6~8時間程度滞在し、個別または集団でサービスを受けます。
・ アウトリーチ型…施設のスタッフが母子の自宅などに訪問し、サービスを提供します。
受けられるサービス内容
産後ケア施設では、以下のようなサービス提供しています。
・ 母体ケア…産後の母親の体調管理・健康チェックを行い、産後の回復に必要な休息がとれるようサポートします。母親が安心して食事や入浴、仮眠ができるように、スタッフに赤ちゃんを一時的に預かってもらうことができます。また、産褥期(さんじょくき)は母乳に関する悩みもつきものです。「母乳が出にくい」、「乳腺が張りがち」などの母体が抱える身体の悩みに対して、専門のスタッフがアドバイスを提供します。
・ 乳児ケア…生まれたばかりの赤ちゃんのケアも欠かせません。赤ちゃんの健康チェック、体重測定、お昼寝などの生活リズムづくりをサポートします。母乳・ミルクが足りているか、赤ちゃんの吸う力、授乳の姿勢に問題がないかもチェックします。
・ 育児相談・授乳指導・沐浴指導…育児に関する悩みの相談を受け付けます。また、「赤ちゃんへの授乳方法がわからない・ミルクの与え方がわからない」といった疑問や、赤ちゃんの沐浴方法に関する疑問に答え、赤ちゃんとの生活に必要な育児スキルを経験豊かなスタッフが実技指導します。
・ その他…自宅での育児環境のあり方について、パートナーや家族を含めてのコンサルティングや、施設を利用する母親同士の交流会といった機会を提供します。また施設によっては、臨床心理士による心理相談の機会を設けているところもあります。
※各自治体によって、提供内容は異なります。詳細は住民票のある市区町村の窓口での確認が必要です。
利用条件や料金など
産後ケア施設の利用に関しては、定員に限りがあるため、市区町村によっては利用条件を定めていることがあります。母親本人の希望によって利用申し込みができる場合や、保健師や助産師などの専門家による助言や意見書が必要な場合があります。
産後ケア施設を利用できるのは、原則的に産後の母親とその赤ちゃんに限られますが、施設によっては上の子も一緒に宿泊利用や、デイサービスの利用ができるところもあります。
利用料金は全国一律ではなく、市区町村もしくは施設ごとに定められています。多くは行政からの利用料金の補助が出るしくみで、利用者は利用料金の一部を負担します。住民税の非課税世帯、均等割のみ課税世帯、生活保護世帯には減免制度があり、経済的な不安を抱く世帯も利用しやすいように配慮されています。
※産後ケア施設の利用条件・利用料金・利用料減免制度の詳細に関しては、住民票のある市区町村の窓口での確認が必要です。
※産後ケア施設の利用にかかる費用は、医療費控除の対象になる場合があります。対象になるかどうかについては、所轄の税務署に問い合わせが必要です。
国内における産後ケア施設の現状
厚生労働省平成29年度子ども・子育て支援推進調査研究事業が2018年3月に公表した「産後ケア事業の現状及び今後の課題並びにこれらを踏まえた将来の在り方に関する調査研究報告書」のデータをもとに、国内における産後ケア施設の現状を見てみましょう。
産後ケアを実施している自治体の割合
調査では、全国1741市区町村を対象に電子アンケートを実施しました。産後ケア事業を実施しているかという質問に対し、「実施している」は26.2%、 「未実施だが今後実施予定」は34.4%、「未実施だが今後実施予定なし」は28.6%、「実施の有無がわからない」は10.1%、無回答は0.7%でした。
上記の質問で「実施している」と答えた自治体を対象に、産後ケアとして提供しているサービスの形態を調査(複数回答可)したところ、「宿泊型」は77.3%、「デイサービス(個別)」は64.1%、「デイサービス(集団)」は6.1%、「アウトリーチ型」は32.3%でした。
では、産後ケア施設の稼働率はどうなっているでしょうか。各自治体における出生数に対する、産後ケア施設の実利用者数の割合を全国平均で見たところ、宿泊型では1.6%、デイサービス(個別)では6.4%、デイサービス(集団)では15.6%、アウトリーチ型では7.9%でした。同調査の自由記載によるアンケートでは、もともと出生数自体が少ない地域では「サービス利用者がいない」という報告もありました。しかしその一方で、都市部を中心とした地域では、利用希望者数が定員を上回る状況が続くなど、大きな地域格差があるのが現状です。
産後ケア施設の意義
出産後、母体の身体が回復するまでの産褥期は、体調の大きな変化、育児や授乳による睡眠不足、育児への不安や悩みによる心身の不調が起こりやすい時期です。このデリケートな時期をすこやかに過ごすためには、周囲のサポートを受けながらゆっくりと静養することが理想とされています。しかし、家庭環境や個々の事情によって、適切な支援を受けられずに孤立してしまう母子も多数いるのです。もちろん、分娩施設でも、沐浴指導や授乳指導を受けられます。それでも、退院して赤ちゃんと自宅へ戻ると、大小さまざまなとまどいに遭遇するものです。産後ケア施設は、そんな母子に対して、育児に関するさまざまなサービスを提供することによって、母親自身によるセルフケアの能力や育児スキルを高め、自宅での育児の基盤を築きあげます。
また、市町村が主体となって産後ケア事業を運営するため、保健師や地域社会との連携が保たれ、切れ目のない支援を続けることができます。母子が抱える家庭環境の困りごとや、育児・生活面での困難を相談しやすい環境をつくり、必要なときに必要な支援を受けられるようにサポートするのです。
コロナ禍に対応した新たな試み
COVID-19(新型コロナウイルス)の感染拡大が続いている昨今は、社会における人と人とのつながりが疎遠になりがちです。そのなかで、産後の母子の孤立をいかに防ぐかが大きな課題になっています。産後ケア施設では、コロナ禍においても母子への支援を継続できるように、インターネットや電話を使ったオンライン相談や育児指導を導入する試みが始まっています。外出自粛生活のために、周囲とのつながりが少なくなっても、育児に関する不安や悩みを気軽に相談できる場所として、産後ケア施設が活動を続けています。
まとめ
産後の母子が、すこやかな生活をスタートさせるためには、周囲のサポートが欠かせません。とくに母親の体調面、心理面が不安定になりやすい産褥期は、育児に関する小さな悩みや不安を気軽に共有できる環境が必要です。地域の産後ケア施設は、母親が自信をもって育児に向き合えるよう、また、母親に正しい情報とセルフケアの知識を伝えられるよう、日々活動しています。
出典:
厚生労働省平成 29 年度子ども・子育て支援推進調査研究事業
産後ケア事業の現状及び今後の課題並びにこれらを踏まえた将来の在り方に関する調査研究 報告書 ~産後ケア事業の在り方の検討に向けた産後ケア事業の実態と課題に関する基礎調査~