母子ケア
検診ストレスを軽減するために何ができるか?〜福井県の子宮頸がん検診受診率アップのための取り組み
日本の子宮頸がん検診の受診率は約43%と、低い状態が続いています。一方で、子宮頸がんの発症率は高まり、40代女性のがん死では2番目に多いがんです。検診率を高めるために何が必要なのか。受診者の検診ストレスを下げる方法を探り、その一環で「自己採取HPV検査」の検証をリードする福井大学産婦人科学分野、黒川哲司准教授に話をうかがいました。
(プロフィール)
黒川哲司
福井大学 医学部 医学科 器官制御医学講座 産科婦人科学領域 准教授
福井大学医学部大学院卒。日本産科婦人科学会産婦人科専門医。日本婦人科腫瘍学会婦人科腫瘍専門医。日本臨床細胞学会細胞診専門医・指導医。福井大学医学部付属病院産科婦人科でFukui U-WISH Study「子宮頸がん検診の未受診者に対する自己採取HPV検査の受診率向上効果の検証」を行っている。
■40代女性のがん死の2位が子宮頸がん
————黒川先生は子宮頸がん検診の受診率を高めようと活動されています。なぜこのような活動を始められたのですか?
子宮頸がんは検診の有効性が証明されているがんです。受診率の向上が、そのまま子宮頸がんの発症、死亡の減少につながります。
出典:がん情報サービス
このグラフをご覧ください。40代の女性のがん死を示したグラフです。1位は乳がん、2位が子宮頸がんです。まだ40代前後の女性が亡くなる、それがどういうことなのかを想像してみると……。小さなお子さんを残していかなくてはならない、だんなさんともお別れしなければならない、両親より先に逝かなくてはいけない。悲しいですよね。
————検診の有効性が証明されているというのはどういうことですか?
膵臓や肝臓など間接的にしか診断できないがんが多いのですが、子宮頸がんは子宮の入り口にできるので、確実に細胞診ができ、がん細胞を見つけられるのです。
子宮頸がんの発がん機序は明らかで、HPV(ヒトパピローマウイルス)感染により前がん病変が生じ、その一部が悪化してがんになります。HPV感染からがんの発症まで、個人差がありますが、数年かかります。現在、子宮頸がんの住民検診は2年おきですが、毎回受けていれば、発症前のどこかで必ず見つけられます。前がん病変の段階で治療が始められれば、子宮を摘出せずに済み、将来の妊娠の可能性が残せます。有効性が明らかだからこそ、検診を受けてほしいのです。
現行の検診は予防法②の段階。「子宮頸部細胞診」が実施されている。
出典:「HPVワクチンの接種を検討しているお子様と保護者の方へ」(厚生労働省リーフレット)
————有効性がわかっていても受診率が低いのはなぜでしょうか?
「検診を受けない理由」を内閣府が調査しています。
出典:「がん検診受診率向上に向けたこれまでの取組」(厚生労働省健康局がん・疾病対策課)
この中でとくに気になるのは「検査に伴う苦痛に不安があるから」です。この不安は実際にはかなり大きいのではと思います。ただ、幸いなことに、いずれの理由も、検診そのものを否定するものではありません。私たちの工夫次第で、多くはクリアできるのではないかと思っています。
————どのような工夫が考えられますか?
やはり啓発活動が大事です。たとえば職場で、自然に「検診行った?」「私、行った」という会話があれば、まだ受診していない人も「私も行こう」という気持ちになるんじゃないでしょうか。会社も、検診休暇を取れるようにするとか。検診を受けるのは当たり前という雰囲気を、社会全体で醸成していくことが大切だと思います。
■HPV検査を取り入れれば、検診間隔を広げられる
————社会的な啓発活動とならんで、検診率を上げるためにどんなことが必要でしょうか。
検診が好きという人はあまりいないですよね。上の「検診を受けない理由」に検査に伴う苦痛が不安という声が挙がっていましたが、内診台に上がる不安はあると思います。
そこで私は、受診の頻度を下げられないか、と考えています。現行、2年おきの検診を3年おき、5年おきにできないだろうか。そうすれば「久しぶりだから受けておこう」と思う人が増えるかもしれません。
そこで有効と考えられるのがHPVの感染の有無を調べるHPV検査です。子宮頸がんの原因の95%以上はHPV感染によるもので、感染から前がん病変が生じるまで数年かかることがわかっています。であれば、HPV検査で陰性だった人は2年に1回も検診を受ける必要がありません。一方、陽性だった人は、確実に次の検診を受けようというモチベーションができます。
欧米では、HPV検査を行う国が増えてきています。日本でも取り入れられないかと、現在、福井県の市町の協力を得て、福井大学医学部で自己採取HVP検査に関する実証研究Fukui U-WISH Study※を進めています。
※Fukui Unscreened Women Investigation for Self collected HPV testing Study の略。
————どのような研究か教えてください。
現在、自分で検体を採取できる自己採取キットが販売されています。採取した検体は医療機関に返送してもらいます。どれだけの女性がこの検査を受け入れ、どれだけの人が正しく自己採取キットを使い、返送してくれるかを検証しました。
自分で検体を採取できる「自己採取キット」
福井県の4市町に協力いただき、子宮頸がん検診を5年間受けていない人を対象にしました。まず、この実証研究への参加希望者をウエブサイトで募り、希望者に自己採取キットを送付します。
参加対象の5年間未受診者は3,489名でした。そのうち11%(379名)が参加を希望し、自己採取キットを送付しました。このうち75%(286名)が検体を返送してくれました。その後、このうち18%(51名)の人が、次の子宮頸がん検診を受けたのです。
自己採取キットによる前がん病変発見数(黒川先生作成)
————結果をどのように評価されますか?
5年間も検診を受けていなかった人の11%がアクションを起こしたということ、検体を返送した人の18%が次回の子宮頸がん検診に足を運んでくれたということ。私は、かなり高い数字だと感じています。
ちなみに、HPVの陽性率は30代で約13%でした。HPV感染率は6〜7人に1人と言われているので、この数字は、医師が検体採取して行うHPV検査とほぼ同じです。自己採取による検査の精度は決して悪くないこともわかりました。
現在、越前市・大野市・勝山市・坂井市・鯖江市・福井市・若狭町にも実証研究への参加の協力をいただいています。また福井県内だけでなく、日本産婦人科医会のがん部会の多施設共同研究として宮城県・千葉県・鳥取県・島根県の先生にも参加いただいて検証を進めています。
ひとつ、ご注意いただきたいのは、HPVはありふれたウイルスであることです。感染してもほとんどが自然消滅します。HPV検査で陽性だからといって、必ずがんになるわけではありません。
■必要な人が必要な検診を受けられる仕組みへ
————自己採取キットを使うメリットは何でしょうか。
予想されるメリットは大きく3つあります。ひとつは、検査ストレスが減らせること。ご自身が都合のいい時、都合のいい場所で採取できますからね。2つめは、感度のいい自己採取キットを現行の細胞診検診と組み合わせることで、がん発見率が上がることです。そして3つめ。HPV検査で陽性だった人の受診率が増え、がんの発見率が上がることです。
デメリットもあります。自己採取ですので、正しく検体を採取できているかどうかがわかりません。その点は、どうしても不確実性が残ります。
————福井県では今後、自己採取キットを利用したHPV検査の導入も考えられますか?
HPV検査が取り入れられるかどうかは、国や自治体の方針によりますが……、未受診者対策のツールとして大きなメリットは十分あると考えられます。受診勧奨している自治体の担当の皆様は、現在の郵送や広報などによる受診勧奨法に限界を感じていると思います。自己採取キットは新しい受診勧奨のツールとして導入できると考えています。
将来的には、陰性であれば、次の検診には行かなくていいかもしれない。一方、陽性であったら、しっかり細胞診検診を受けて、治療につなげていく。必要な人が必要なだけの検診を受ける。これが私の望む検診のあり方です。そうすれば検診で不安になる人も、前がん病変を見つけられずに悲しむ人も減りますよね。
————最後に、医療者の方へのメッセージをお願いします。
検診率を上げるためには、私たちが機会あるごとにその重要性を訴えていく、これに尽きると思います。検診によって、子宮頸がんで悲しい思いをする方は必ずなくせると思っています。