日本人のための分娩曲線を作成 〜医療介入の基準を明確にするために

日本人のための分娩曲線を作成 〜医療介入の基準を明確にするために

これまで日本の産婦人科医が参照してきた分娩経過図(分娩曲線)は、1954年アメリカで作成された「Freedman(フリードマン)曲線」が主流でした。日本人とアメリカ人の体格差は大きく、適切な医療介入のタイミングをはかる上で、日本人を対象にした分娩曲線が必要であることは以前から指摘されていました。今年、日本人を対象にした分娩曲線が発表されました。作成に携わった委員会の小委員長である順天堂大学医学部・板倉敦夫教授に、その背景と目的を伺いました。

(プロフィール)

板倉敦夫

順天堂大学医学部産婦人科学講座・大学院医学研究科産婦人科学教授

順天堂大学医学部附属順天堂医院周産期センター長 

1986年名古屋大学医学部卒業。専門は産婦人科周産期。名古屋大学医学部附属病院周産母子センター助教授、埼玉医科大学産科婦人科学教授を経て、2018年より現職。

フリードマン曲線から67年目にして日本人用の分娩曲線

分娩経過図(分娩曲線)とは、分娩の開始から赤ちゃんが生まれるまでの子宮の出口の開き具合を時間経過とともに表した基準となる曲線のことです。1954年にアメリカの医師フリードマンが作成した「フリードマン曲線」が、日本でも基準として使用されてきました。

————日本人の分娩曲線を作成されるに至った背景を教えてください。

板倉 私たち産婦人科医が分娩を管理する際には、正常に進行しているならばお母さんと赤ちゃんの状態を観察しながら、経過を見ます。標準から逸脱して異常が懸念されたら、なんらかの医療介入を行うというのが基本です。分娩の進行が遅延すると赤ちゃんの状態が悪くなる、産後の出血が増加することなどが懸念されます。

そのため分娩の進行が正常なのか、標準から逸脱して遅延しているかを知ることはとても重要なのです。分娩の進行が遅延した産婦さんには休息をすすめたり、陣痛を促進したりすることも考えます。また陣痛はあるのに分娩の進行が止まってしまった産婦さんには、帝王切開も考えなくてはなりません。このため日本人の実際に即したデータを基にした基準が必要と考えました。

分娩の進行は時間とともに子宮の出口が開いていきます(子宮口開大)。しかし、まっすぐ一直線に開いていくのではなく、陣痛が始まってから、しばらくはゆっくりと進行していきますが、途中から急激に進行して子宮口が開大していきます。そのため典型的な分娩の進行を表したグラフを分娩曲線として管理の参考にしています。

1954年に発表されたフリードマン曲線を長く利用していましたが、もう67年前のものですね。この間にアメリカでは2006年にZhang先生という産婦人科医が調べて、新規に分娩曲線を作成しています。しかし、私たち産婦人科医の間では、日本人の産婦さんはフリードマン曲線やZhang曲線とは違う経過をたどるとの認識を持っていました。やはり日本人には日本人の分娩曲線を作るべきであると。

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————それが今になって作成されたのは、なぜですか?

板倉 電子カルテ導入の効果が挙げられます。15年ほど前から大学病院など、大きな病院では電子カルテが導入されました。その結果、複数の病院のデータを集めることができるようになりました。1つの病院だけではどうしてもデータに偏りが出てしまいます。そこで横浜市立大学の青木先生、進藤先生を中心に研究に関わる各病院の倫理委員会の承認を得て、同じ電子カルテフォーマットを使用している全国5つの病院のデータを集積し、初産(約4000分娩)、経産(約5000分娩)それぞれを解析しました。電子カルテのひとつの成果といえるかもしれませんね。

3_図1:今回発表された初産婦の自然分娩曲線.jpg
図1:今回発表された初産婦の自然分娩曲線

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図2:今回発表された経産婦の自然分娩曲線

縦軸が子宮口の開大度、横軸は時間を表している。

 

出典:Shindo R, et al. J Obstet Gynaecol Res 2021 (in press)より改変して引用

医療介入のない自然分娩曲線を作成した理由

————国内の自然分娩のデータのみを使用したグラフが、初めて作成されたことになりますね。

板倉 初めてであるかはわかりませんが、これだけ多数の産婦さんのデータを基にしたグラフはこれまでにはないと思います。また子宮口の開大度の評価は医師や助産師がそれぞれの施設で研鑽を積んで習得するものなので、偏りを作らないためにも複数の施設のデータの集積であることも価値があると思います。分娩時には、子宮収縮薬(陣痛促進剤)の投与、鉗子・吸引分娩、帝王切開などを行いますが、医療介入すべきタイミングを正確に見きわめるための基準を作成したいと考えました。ちなみに無痛分娩も医療介入に含まれます。そのため今回の曲線を描く際には、医療介入を行わずに自然分娩が進行し、赤ちゃんを出産した産婦さんのデータのみを使用しており、自然分娩曲線としました。

————自然分娩曲線を作成するにあたり、どんな点に工夫が必要でしたか?

板倉 分娩開始からデータを集めますと急激な進行を示すまでの時間に個人差が大きいため、ばらつきが大きくなだらかな曲線になります。また、全開大(子宮口10㎝)以降も、個人差が大きくなります。そこで全開大をゴールとして、ここを起点にして時間を遡ってデータを集積したところ、きれいな曲線が描けました。初産婦さんも経産婦さんも、ゆっくり進行する潜伏期と進行速度の速い活動期があることが認識され、さらに活動期はカーブが急峻になる加速期、進行速度がもっとも速い極期があることがわかりました。この曲線は、初産、経産ともに5㎝から分娩速度が変化し(加速期)、6㎝からほぼ直線的に子宮口の開大が進行する(極期)ことを示しています。

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緊急の医療介入時のリスク軽減に役立つように

————自然分娩曲線は医療介入のタイミングを見きわめる上で重要ということですが、その必要性は高まっているのでしょうか。

板倉 大学病院など大きな病院であれば、24時間体制で産婦人科医も麻酔科医も交代で待機しているのが一般的です。しかし、日本の分娩の45%は一次医療機関(地域のクリニックや病院)で行われています。どんなに小さな施設でも24時間体制での分娩管理は必要となりますが、緊急時に周囲の施設と協力したり、大学から応援を頼んだりすることがよくあります。施設が変わっても、医師が交代しても、適切な医療を提供するために、共通の基準を設定することはとても大切で、緊急時の母子のリスクを軽減させることが期待されます。そのために基準となる自然分娩曲線が必要と考えています。

現場の産婦人科の医師や助産師たちは、ふだんからそれぞれの経験や研究報告から得られた知見を駆使して適切な分娩管理に臨んでいます。この自然分娩曲線も1つの基準であって、個人差もあります。またどの程度逸脱すると母子にとって危険であるのか、まだ解析されていませんので、この曲線だけで一律に方針を決めることはできません。今回作成した自然分娩曲線が現場の医師たちの判断材料の一助になることを期待しています。

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