新生児聴覚検査の課題と展望〜正しく検査し、正しく医療介入

新生児聴覚検査の課題と展望〜正しく検査し、正しく医療介入

先天性難聴の頻度は、1000人に1〜2人といわれています。新生児期に、正しい聴覚検査を行うことで、その先の適切な診療につなげることができます。現在、新生児聴覚スクリーニング(Newborn Hearing Screening/以後、NHS)は十分に実施されているのでしょうか。NHSの実施率向上に取り組んでいる京都府立医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教室の兵庫美砂子先生に、NHSの現状と課題をうかがいました。

 

■プロフィール

兵庫美砂子(ひょうご・みさこ)

京都府立医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教室

平成23年からNHSの普及啓発に取り組む。

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■先天性難聴を発見する最初の機会が新生児聴覚スクリーニング

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生まれつきの難聴の原因として、遺伝子の関与は68%。妊婦の先天性CMV(サイトメガロウイルス)感染による難聴が21%ある。先天性CMV感染においては妊婦の多くは無症状だが、新生児に先天性もしくは遅発進行性の難聴のリスクが生じる。
出典:「Newborn hearing screening——a silent revolution. Morton CC, Nance WE. N Engl J Med. 2006 May」

 −−−−−−まず、NHSの必要性から教えてください。

兵庫 NHSは先天性難聴を早期発見、診断するための検査です。新生児は「きこえ」ているかどうか、行動で示すことができません。未診断によって難聴が見逃されてしまうと、以下のようなことが起こります。

  • 言葉を伝えられない→言語発達遅滞
  • コミュニケーションがとれない→孤立 
  • 授業が理解できない→学習困難
  • 就労や社会生活における困難→社会参加の制限

−−−−−−NHSは、いつ、どこで実施されるのですか?

兵庫 1回目のNHSは、産婦人科で、おおむね分娩後2日目に、新生児の睡眠中に行います。両側が「パス」(正常反応あり)なら、NHSは1回で終わりです。ただ、1回目は中耳外耳に羊水などが残っており、「リファー」(要再検)が出る確率が高くなります。

片側でも「リファー」であれば、退院前にもう一度検査を行います。通常は分娩後1週間ほどで退院しますので、1週間以内に行うことになりますね。遅くても、3週間以内には受けてほしいと思います。

−−−−−−3週間以内に再検査をする理由は?

兵庫 妊婦の先天性CMV(サイトメガロウイルス)への感染が原因で、新生児が難聴になるケースがあります。CMVの感染を調べる新生児尿検査の保険適用期間が、分娩後3週間だからです。3週間以内に尿検査をしないと、妊娠中の感染かどうかがわからなくなります。難聴の原因特定は、その後の診療方針にも関わってくるので、きちんと受けていただきたい検査です。

2回目のNHSで、片側でも「リファー」が続くなら精密検査を受ける必要があります。この場合、産婦人科の医師から精査する医療機関を紹介することになります。

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−−−−−−アメリカで提唱された難聴の早期発見・早期療育の「1-3-6ルール」とは、どういうものですか?

兵庫 1-3-6ルールとは、生後1か月までの検査で「リファー」だった子には生後3か月までに精査を受けていただき、その結果、難聴と診断された場合は生後6か月までに補聴器などを用いてきこえの療育を始めましょう、という考え方です。

両耳の高度重度の難聴の方に関しては、できるだけ早く療育を開始することでよりよい言語の習得が得られるために「1-3-6ルール」が提唱されています。このルールはあくまで目安で、お子さんの聴力や発達の状態により最適な療育開始時期はさまざまです。NHSでリファーの結果が出たら、そのまま受診なしで様子を見ることはせずにちゃんと精査医療機関を受診し、難聴があるとわかった時点で必要に応じて精査機関の先生とよく相談して療育を開始していただきたいです。

一方で、1歳を越えてから難聴が発見される子もいます。それは単純に「1-3-6ルールを採用していなかったから」というわけではありません。進行性難聴や軽度難聴、発達障害などもあり、1歳を越えてから適切な時期に発見された子も、発見が遅れた子も混在していると考えられるためです。

■産婦がNHSを希望しない最大の理由は検査費用

−−−−−−現在のNHS実施率はどれくらいですか?

兵庫 令和元年度全国平均で90.8%、下のグラフのように平成30年度頃より受検率は向上しています。受検率が100%にならない理由としては、保護者の意識の問題、検査費用や機器買換費用の公的負担の不足と地域差、などが推測されます。

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出典:厚生労働省子ども家庭局母子保健課調べ

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出典:平成29年日本産婦人科医会母子保健部会によるアンケート調査

上のグラフを見てわかるように、「検査可能施設率」より「検査実施率」が低くなっています。この乖離の分だけ、実施できる環境にありながら「何らかの理由で実施されないケース」があるわけです。

−−−−−−産婦が検査を希望しない理由としては、どんなことが挙げられますか?

兵庫 京都産婦人科学会が実施したアンケートで「助産院で出産した子の非受検例」が多かったので、その理由をご紹介します。いちばん多かった「検査機関が遠いから41.5%」を除くと、

  1. 検査費用が高いから34.1%
  2. 必要と思わないから17.1%
  3. きこえているようだから7.3%

産婦人科の医療機関でも、おおむね、このような理由が考えられます。 

NHSはスクリーニング検査であるため保険適用されません。京都市の調査によると、費用は平均3000円~5000円程度で、医療機関によってバラバラです。後述しますが、検査費用の公的負担がある自治体とない自治体があり、負担金額もまちまちです。

2の理由は、難聴の頻度が“1000人に1〜2人”なら、費用をかけてまで検査しなくてもいいと思ってしまう、ということです。この傾向は、経産婦さんのほうにより強く現れます。第1子がパスだったので今回も問題ないという思い込みにつながっています。

先天性CMV感染による難聴の発症率は経産婦さんの方が高いという報告もあり、第一子が正常なら第二子も大丈夫だ、とは限りません。第二子もしっかりNHSを受けて下さい、と妊産婦さんに伝えていきたいですね。

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■実施率を高めるために必要なことは?

NHS実施率を100%に近づけていくためにどんなことが必要なのでしょうか? 兵庫先生に現状と今後の展望をうかがいます。 

1.検査費用の公費化、助成の拡大

兵庫 検査費用については先にも述べたように自費です。費用がネックになって受検しない人が一定数いらっしゃいます。

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出典:厚生労働省子ども家庭局母子保健課調べ

 グラフを見てもわかるように、年度ごとに公費負担の実施が増え、受検率もアップしています。

令和2年から京都市で公費負担が始まり、令和4年現在26自治体のうち14自治体で公費負担が広がり、出生数ベースで77.3%の新生児が助成を受けられるようになりました。現在26自治体のうち14自治体に公費負担が広がっています。令和4年現在、出生数ベースで77.3%までカバーしています。

今後は、26自治体すべてに公費負担を広げることを目指しています。そして、京都府のみならず全国で、公費負担を推進する活動を行っていきたいと思っています。

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2.検査機器保有率を高めるために機器購入、買い換えへの公的助成の拡大

 

兵庫 検査機器の課題も重要です。

NHSに使う機器は、大きく分けて2種類あります。「自動ABR」と「OAE」です。「自動ABR」は乳幼児に音を聞かせたときに脳幹の反応を測定、「OAE」は内耳の反応を測定します。 

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出典:日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 福祉医療・乳幼児委員会
小児科向け耳音響放射解説(簡易版)より

 

 

より正確な検査ができるのは自動ABRです。OAEは外耳道の狭さや耳垢、羊水の残りなどに結果が影響されやすく、その分、偽陽性の確率が高くなります。難聴の原因が蝸牛より中枢にある場合、見逃してしまうおそれもあります。自動ABRは脳幹の反応をとらえるため、乳幼児の神経系の未熟さによる偽陽性はありえますが、その数はOAEより少ないです。 

価格には大きな差があります。OAEは70万〜160万円程度であるのに対し、自動ABRは240〜480万円と3倍ほど高額です。NHSの目的からすれば当然、自動ABRの使用が推奨されますが、もともとOAEが先に普及したため、今もOAEを使っている医療機関が数多くあります。1台数百万円する自動ABRの買い換えに二の足を踏む医療機関は少なくありません。

そこで、厚生労働省が自治体に、「OAEから自動ABRの買い換え金の助成」を働きかけています。助成する金額を自治体が決め、その半額を国が出すというのです。たとえば自治体が300万円助成するなら、そのうち150万円を国が負担するというわけです。

しかし、自治体によっては、半分でも負担金が出せないところもあります。

また、OAE機種から自動ABR機種への買い替え、もしくは自動ABR機種の新規購入でなければ助成金が出ないということも問題です。以前から使っていた自動ABRが故障したので新調したいというケースには適用されません。もう少し柔軟に対応できる仕組みができるとよい、と思っています。

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■医師にも妊産婦にも負担をかけない説明機会を

−−−−−−医療機関がNHSを行うときに注意すべき点は?

兵庫 産科の先生からは「出産前や出産後の、産婦さんの心身が不安定な時期に難聴の可能性について説明することには抵抗感がある」というお話をよく聞きます。

妊婦さんにNHSのパンフレットを配っているクリニックもありますが、「ちょっと聴覚の検査をしておきましょうね」と、産婦さんにあまり詳しい説明しない施設もあるようです。知らないうちに検査が行われ、「“よくきこえていないかもしれないから退院後に耳鼻科に行って”と言われ、とても不安でした」と受診される方が、私の外来にもいらっしゃいます。検査の前に医師からNHSの話をきっちりきくことは妊産婦さんにとって安心して検査を受けていただくためには大変重要なことです。

妊婦さんにストレスを与えることなくNHSの説明の機会をつくるにはどうしたらよいか、考えています。たとえば、耳鼻科医が「赤ちゃんのきこえとNHS」について学べる動画を作成し、妊娠安定期のうちに保護者教室などでご家族と一緒に見ていただくことができれば、妊婦さんやご家族の安心にもつながり、産科の先生のお手伝いにもなるのではないでしょうか? 今後ぜひ検討していきたいです。

妊産婦さんやご家族への検査内容や結果の説明方法について、「新生児聴覚スクリーニングマニュアル」(一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会発行)に記載があります。参考になさってください。

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以下よりダウンロードできます。http://www.jibika.or.jp/members/publish/hearing_screening.pdf

■NHSはスタート地点。難聴に関わるすべての人の連携が大切

兵庫先生は10年ほど前から、NHS普及啓発の活動に取り組んできました。難聴の人に関わる各分野の人たちが集まる「多職種連携難聴早期発見目的研究会」の立ち上げ、NHS協議会の設立、啓発を目的にしたNHSの手引き書の作成などに取り組んでいます。

−−−−−−どのようなきっかけで、NHS普及啓発の活動をするようになったのですか?

兵庫 京都府立聾学校舞鶴分校(京都府北部聴覚支援センター)の先生が開いてくれた療育の勉強会が、ひとつのきっかけになりました。そこで、先天性難聴児が置かれている現状をより深く知り、NHS実施率を高める必要性を感じました。その後、その勉強会には耳鼻科医師だけでなく、教育委員会の人や、保健師さんをはじめ、産婦人科や小児科の先生、検査技師の方なども参加してくれるようになりました。ここから先に述べたような、検査費用の公費化や助成、検査機器の公的助成などの働きかけが生まれていったのです。

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−−−−−−まさに草の根運動から行政が動き始めたということですね。

兵庫 検査費用を助成してくれる自治体、金額を増額する自治体も増えてきました。ただ、まだスタートラインに立ったばかりです。自動ABRへの買い換えもまだまだ進んでいません。

今後は京都府、そして全国のデータを集め分析し、フィードバックしてよりよいシステム作りを目指していきたいと考えています。また、精査機関だけでなく二次検査機関、それ以外の耳鼻科の検査精度も高め、NHSの知識を共有していきたいと思っています。精査機関でない耳鼻科で受診する患者さんもたくさんいらっしゃいます。患者さんがどの医療機関を受診しても安心して正しい検査を受け、必要時には迅速に精査機関への紹介を受けられるよう、耳鼻科のなかでのネットワークも充実させていきたいです。

−−−−−−NHS実施率を高めるうえで、現在のさまざまな課題を解説していただきました。NHSの重要性を今あらためてどのように考えていらっしゃいますか?

兵庫 NHSは特殊なスクリーニングだと思います。普通は検査をして異常を見つける人と、治療する人が同じで、ひとつの科の中で完結します。ところがNHSは、まず産科の医師が検査します。そこで異常が発見された患者さんは、その後、耳鼻科を受診します。耳鼻科の医師はNHS実施場面を見ることなく患者さんを診ます。さらに、スクリーニングからもれた子をはじめに診るのは小児科になるでしょう。その場合もやはりNHSを実施していない医師が診察にあたります。

このように単科で決する疾患ではないことが難聴の特徴であり、むずかしさでもあります。

重要なことは、難聴と診断されたあとの療育の連携です。先天性難聴の多くは聴力が治療により回復することはありません。そこで補聴器のフィッティングや療育、手話やベビーサインなどの視覚を用いたコミュニケーションの習得、などを担当する言語聴覚士や聾学校教員などの療育、教育機関との連携がとても大切になってきます。その子が生涯にわたる難聴にどのように対処し、どう学び、どう社会に参加していけるようにするか、それは関わるすべての人の協力の、連携の質によって、左右されることです。

私たちの活動の最終的な目標は、難聴の人が安心して働けること、そして家庭をもち、育児をしていく。そこをゴールと考えると、NHSはスタート地点に過ぎません。しかしスタートであるゆえ、だれにとってもとても重要なのです。

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