“子どもの代弁者”チャイルドライフスペシャリストとして小児医療をよりよいものに

“子どもの代弁者”チャイルドライフスペシャリストとして小児医療をよりよいものに

8年勤務した病院を退職し、単身で渡米。4年かけてチャイルドライフスペシャリスト(CLS)の資格を取得した伏見幸弘さん。なぜ海外留学してまで資格を取ろうと思ったのでしょうか。CLSとはどんな職業なのか、そして伏見さんが感じる小児医療の課題とはなにか、お話を伺いました。 

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【プロフィール】

伏見幸弘(ふしみ・ゆきひろ)

慶應義塾大学病院 看護師/チャイルドライフスペシャリスト

■子どもの代弁者=チャイルドライフスペシャリストとは?

——チャイルドライフスペシャリストの資格を取得された経緯について、お聞かせください。

チャイルドライフスペシャリスト(以下、CLS)は「子どもの代弁者」と言われます。アメリカでは国家資格レベルの資格です。遊びを始めとするプログラムを用いて、治療中のストレス軽減や子どもの成長や発達の支援、家族の心理的、社会的支援を行う専門職です。

具体的には、病気の子ども、あるいは病気の親をもつ子どもに対して、以下の5項目で支援します。なかでも重要なのが、プレパレーションです。

・プレパレーション
絵本や遊具などを用いて病気および検査、治療に関する説明をすること。同時に心のケアを行う。

・ディストラクション
さまざまな方法を使って気をそらせ、検査や治療を乗り越えるサポートをすること。

・ノーマライゼーション
病院の環境をできるだけ普段の生活環境に近づけること。

・エデュケーション
病気や治療、検査について教育的な視点で子どもに説明をすること。

・プレイセラピー
遊びを通して子どもの生活と成長を保証し、子どもの意思を尊重し、ストレスを発散させること。

私が、CLSを知ったのは、慶應義塾大学病院で看護師として血液内科に勤務していたときです。血液内科で白血病にかかった患者さんと接しているうちに、患者さんだけではなく、その方のお子さんへの影響が非常に大きいと感じるようになりました。

血液内科には、ちょうど子育て世代の40代ぐらいまでの若い患者さんが多くいらっしゃいます。患者さんは、自分が病気になったことで、子どもにどんな影響を与えてしまうのかということをとても気にされています。治療期間も長く、負担の大きな治療も多いので体力も削られ、容貌が変化する方もいらっしゃいます。残念ながら奏功せず、終末期へ向かう患者さんもおられます。その方に幼いお子さんがいらっしゃると、当然のことながらお子さんを残していくことにものすごい葛藤を感じていらっしゃいます。子どももまた、親がいつまでも退院できないこと、容貌が変化していくことを不安に思い、感情が不安定になることも多いのです。

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血液内科に勤務して初めて「子どものいる患者さんをサポートするなら、子どもをしっかりと巻き込み、子どもも込みでサポートしていかなければ」と気がついたのです。こうした分野を深く学びたくリサーチを重ねているうちに、海外にはCLSという資格があることを知り「CLSの資格を取得したい。そして日本にこのスキルを持ち帰ったら、患者さんに貢献できるのでは」と思ったのです。

■30歳で渡米、CLSへの挑戦

——CLS資格を取得する際、苦労されたことはありますか?

CLSの資格は、アメリカに本部を置くAssociation of Child Life Professionals(ACLP)という団体による認定によって取得できます。資格を取得するにはまず、大学の卒業資格が必要で、その上でカナダまたはアメリカの大学または大学院で必要な科目の単位を取得し、さらに600時間以上の臨床実習を行って初めて資格取得の受験資格が得られます。

資格取得に際し、まず日本でCLSの資格を持っている40人余りの方々からアドバイスを受けました。同時に、慶應義塾大学病院でメンターとも呼べる恩師の看護師長からの励ましを受け、渡米を決意。文化も人種も多様性に富んでいる西海岸・カルフォルニアのミルズ大学の大学院に進学しました。

このときすでに結婚していましたが、単身で渡米しました。渡米当時、まったく英語が話せず、英語でのコミュニケーションにものすごく苦労しました。ある意味、自分をとことん追い込み、自分を心底見つめ直した期間だったと思います。


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ミルズ大学大学院の卒業式の様子。

私は結構、シャイなんですよ。恥ずかしくてなかなか話せなくて、思い切って話したときに海外独特の大きなリアクションで「えっ?? 何言ってんの?」みたいに返されると、自分を否定されたような気持ちにもなって、落ち込むこともありました。

しかし「おい、自分は何のために来たんだ!」と自分に問いかけ、恥ずかしさを捨ててひたすら空気を読まずしゃべり続けていたら、2年半ぐらい経ってから突然「あ、なんか少ししゃべれるようになったかも」という時が来たんです。それからは楽しくなって、いろいろな人とどんどん会話していきました。

授業では、CLSに関する専門的な用語や知識をインプットしながら、「自分の仕事で、どうやってアウトプットしていくのか」を常に意識していました。そして4年かけて資格を取得し、帰国後はまた慶應義塾大学病院に勤務するようになりました。

■帰国後、CLSとして活動

——CLSとしての仕事内容について、教えてください。

現在、医師や看護師からの依頼を受けて、月に3〜4回ほどプレパレーションを行っています。たとえば、開腹手術を控えていた3歳前のお子さんは、その3か月前に行った生検がトラウマになっていました。親御さんも看護師も、より負担の大きい手術について、どのように説明すればよいかと悩んでいました。そのときはプレパレーション用ツールの「ぷれパレット」を使って一緒に遊びながら、ご機嫌になったところで手術についての質問をしていきました。「ぷれパレット」は検査の機械や用具がパーツになっているので、注射やマスクなど、いろいろなパーツを使って「何がイヤかな?」と聞いていきました。原因が分かれば、その恐怖に対してのアプローチを考えていくことができます。


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「遊びながら、子どもの本当の気持ちを引き出すことができたら」と伏見さん。

またMRIの検査を「怖い、イヤだ」と拒否する子どもは多いのですが、子どもによって、拒否する理由は異なります。白衣のお兄さんたちに囲まれるのがイヤか、ベッドに寝そべってトンネルを通るのがイヤか、音がイヤか。イヤな理由を「ぷれパレット」や模型、人形を使って遊びながら探っていきます。

音がイヤなら耳栓をするという方法もありますし、事前にアプリで音を聞かせるということもできます。また放射線技師と連携をとって、事前にMRIの検査装置を見せて「ここで、こんなふうにやるんだよ」とリハーサルをすることもあります。子どもは子どもなりに、検査や手術について心の準備をしています。その気持ちに寄り添って、理解を深めてもらいながら検査や治療を行います。

また、治療が奏功せず快復が見込めなくなった患者さんが、お子さんに自らの死について伝える際、CLSが橋渡し役をすることもあります。もちろん、子どもにとっては大変なショックです。でも、子どもには子どもなりのコーピング力(ストレスに対処する力)があるので、それを引き出しながら、真実をしっかり伝えていきます。大事なのは、嘘をつかないことです。

親の死について、しっかり時間をかけて真実を伝えていく。この過程がないと、その子の長い人生において、PTSDやストレス障害が出てしまうこともあり、海外ではドラッグや自傷行為に走るというデータが多数出ています。

CLSがしっかり介入し、子どものコーピング力を引き出すことで、親が亡くなったあともその事実を受け止め、PTSDや自傷行為といった障害なく人生を歩んでいけるはずです。

■CLSとして、これからを見据えて

——どうしたら小児医療の環境が改善されると思われますか?

小児医療の環境を改善したいという同じ志を持つ方は多いと思います。これまで大人である医療者が、子どもの世界観を理解することは難しく、子どもの気持ちは見落とされがちではありました。しかし、これからは、CLSが“子どもの代弁者”として、当事者である子どもの気持ちをしっかりと環境改善に生かしていきたいと思っています。CLSという専門性を持った私が加わることで、医療現場にスパイスというか、今までと違う風が入るようになればと思っています。

私がCLSとなり帰国して改めて感じたのは、日本の小児科の看護師はプレパレーション的な業務を自然にこなしているんだなということです。海外では、看護師は医師の補助を担い、治療を進める役割、子どもに介入するのはCLSの役割と区分けがはっきりしています。効率的ではありますが、患者の立場に立つとそれぞれの役割と役割の隙間にあるケアが抜け落ちてしまう可能性がありました。日本では、その隙間を埋めるように、看護師が幅広く役割を担っています。

日本の看護師が包括的に業務を行っていることをメリットと捉えれば、小児医療の環境改善につなげていくことができるのではないかと思っています。

たとえばCLSが、「プレパレーションの知識をもっと深めたい」という思いがある看護師さんに対して、CLSのエッセンスを教えることはできると思います。CLSの知識が広まっていけば、小児にとっても医療者にとっても、よりよい医療環境になるのではないかと思います。

■小児医療の環境改善を目指す仲間へ

——CLSを目指す、あるいは子どもたちのためによりよい環境を作りたいと思う皆様へ、メッセージをお願いします。

CLSを目指している方、あるいは組織の中で小児医療の環境改善を目指している方もいるかと思います。目指すところへの到達には時間がかかりますし、否定的な意見も聞こえてくるかもしれません。私が病院を退職して渡米するときも「資格なんて、取れるわけない」というメッセージがたくさん届きました。しかし「これは絶対に日本の医療現場に必要なもの」という強い信念を持って行動したからこそ、実現することができました。

もちろん、CLSになったからといって、すぐに理想の医療環境が整うわけではなく、実現には周囲に仲間を増やし、確実なデータを積み重ね「やったほうが病院にとってメリットがある」と訴え続ける必要があります。

失敗もたくさんあります。でも私は全力でやった失敗は「成功の途中だ」と考えて、また次のチャレンジに進むようにしています。そうやってもがき続けているとどこかで結果につながるときが来るので、心が折れたとしても決して諦めないでください。

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